氏神様は太刀八幡宮

1200年の歴史を紐ときます

太刀八幡宮の絵馬 保存の考察 まちの文化

「絵馬 資料館」とインターネット検索したところ、非常に興味深い内容のレポートを見ることが出来ました。

 

知多半島・半田の大絵馬群―忘却の淵で輝く新たな価値

髙木 惠美子

 

京都芸術大学通信教育課程 芸術教養学科WEB卒業研究展のレポートです。

 

g.kyoto-art.ac.jp

 

知多半島・半田地区にも、多くの大絵馬が奉納されており、、「忘れ去られた文化」に新たな価値を見出せないかと、現地調査、聞き取りを重ね筆者の見解を述べている非常に参考になるレポートでした。

 

特に私が参考と感じたのは、「2.現況と課題」で述べている寺社の保存方針です。

 

一部引用します。

寺社の保存方針だが、いずれの寺社とも、奉納時から掲げたまま意識的な管理はしていない。また、「修復をしてまで遺さない」とも述べる。費用の捻出が厳しいことを主な理由とするが、根底に「大絵馬にさほど価値を感じない」という本音がある。

 

参考資料として、大絵馬所有寺社に対する聞き取り内容の記録を付けていますが、9割の寺社が、大絵馬にさほど価値を感じないと答えています。

 

また、筆者は日本絵馬史料館に調査に行っています。

日本で類少ない絵馬専門の資料館の一つである日本絵馬史料館静岡県浜松市)の近年の入場者は、年に10組程度(新年参拝時の解放期間などを除く)。絵馬に関心を持つ人は、年々減っているという。

この日本絵馬史料館は、絵馬師をしていた方が寄付した絵馬を中心に大絵馬・小絵馬1500点以上を展示しているようです。

ブログで内容を公開している方もいますが、入場者が年に10組程度というのは驚きです。

teng-chan.com

 

 

私はこのレポートを読んで、太刀八幡宮の絵馬に対する関心も同様かもしれないと思いました。

 

私は大絵馬に惹かれ、その内容を調べてブログで公開するということを楽しく進めてきましたが、誰もが大絵馬に対して関心を持っているわけではないのでしょうね。😱

 

その大絵馬に対して、「神社の維持管理費からお金を出して修復するか?」という問題が提案された時、約9割の人は反対するのかもしれませんね。

 

誰かが私財を出して修復するなら、「勝手にどうぞ」というのが現状でしょうか?

 

筆者はまとめとして次のように書いています。

 

たとえ、保存費用の確保・永久保存がなされても、大絵馬群の価値への理解と愛着が育たなければ、この文化を守ったとはいえない。

筆者の心に響くのは、考古学者森浩一の「考古学は地域に勇気を与える」という言葉・論考だ。一人一人が自分の住む地域の歴史・文化に向き合い、価値を共有し、発信することが地域の文化・まちを活性化させるという。

 

太刀八幡宮の大絵馬を地域の文化として位置付けることが出来れば、まちを活性化することが出来るということでしょうか。地域おこしですね。

 

このまちに住む人にとって太刀八幡宮の大絵馬達が、ほっと🍵心休まるひと時を与えてくれるようになると、嬉しいな。😊

そのためには、どういう道があるのでしょうか

 

 

 

 

太刀八幡宮の絵馬 保存の考察 修復

古く色あせた絵馬を見ると、修復してきれいになったら良いなーと思ったりもします。

神功皇后三韓征伐図

今回は、絵馬の修復について考察していきます。

 

佐賀県鹿島市 五の宮神社の大絵馬の例

 

この記事はネット社会だからこその事例でしょうが、太刀八幡宮の絵馬の修復を考える際には非常に参考になる内容です。

 

sakisiru.jp

 

記事の内容を引用しながら、太刀八幡宮の絵馬に例えてみます。

 

 

①太刀八幡宮神功皇后三韓征伐図を修復したいと思った長老がいました。

 

②地元への恩返しを兼ねて、友人の画家に私財を出して修復することを、宮司さん・氏子の方々に相談して了解を得ました。

 

③友人の画家は依頼を受けて、今後長く愛される絵馬にしようと精神誠意修復しました。

 

④修復した絵馬が奉納され地元の人々は喜び、地元のマスコミが取材に来て報道されました。

 

⑤すると、全国から批判の声がネット上に投稿されました。

これは修復ではなく、どこぞのキリスト像のように事故。

これは酷い、完全に別物じゃないか。

修復は修復家にして欲しい。

修復では無く創作では。

 

 

⑥それを聞いて長老は

「お話を聞いてがっくりです。みんなに申し訳ない」

と非常に困惑してしまいました。

 

仮に、太刀八幡宮の絵馬を修復することになった場合、十分起こり得る話です。

よかれと思って行った修復が、外部の人から相当な避難を受ける。

今のネット社会では、あって当たり前と思って良いでしょう。

 

記事の最後にも書かれていますが、

重要なのは「地元の人々は喜んでいる」という点だ。

どういう批判がこようが、氏子の方々が喜ぶのであればそれはなのでしょう。

だからこそ、修復を選択する場合、十分検討する必要がありますよね。

 

先日、太刀八幡宮の絵馬を見て頂いた朝倉市文化生涯学習課のNさんに、この記事の事も話しながら、次の様に聞いてみました。

 

「この神功皇后三韓征伐図は、拝殿正面中央に掲げられているように、太刀八幡宮の代表的な絵馬なので、色あせて見えないよりは、地元の高校の美術部にお願いして修復してもらうというのはどうなんでしょうね。」

それに対してNさんは、

「そういう修復よりは、この絵馬にはこういう内容が書かれているということが分かる複製画を作って。横に飾ったほうが良いのではないか。」

と意見を頂きました。

良い意見だなーと感心しました。

 

石川県金沢市の絵馬修復

 

ユーチューブに石川県文化財保存修復工房が行った、絵馬の修復作業の状況が公開されています。

修復された絵馬は、板に和紙を貼って絵付けしたものですが、絵馬修復の過程が分かりとても参考になります。

これらは、金沢市指定有形民俗文化財に指定されているものです。

 


www.youtube.com

 

福岡県にも同様の文化財修復工房があるのでしょうか?

 

 

NPO熊本文化財プロジェクト

熊本県阿蘇NPO熊本文化財プロジェクトが活動している状況が、インターネットで見ることが出来ます。

ホームページの設立趣旨を見てびっくりしました。

一部引用します。

kumamoto-cpp.com

 

神社は古来より村の拠り所として、大絵馬や天井画・歌仙絵などが奉納され、長きにわたり村人たちに親しまれ、村の求心的存在であると同時に、いわば、村の文化施設としての役割をも担ってきました。

日本全国の神社には、文化財に指定されるべき大絵馬が、何万何千と奉納されています。しかしそれらは、江戸期に描かれたような貴重な作品であっても文化財指定されることなく、その殆んどが、経年変化に加え、昨今の度重なる地震や風水害による剥落が進み、消滅の危機に晒されています。

現在、多くの神社において、農村の過疎化や神社を支える氏子の減少により、これら大絵馬を村の宝として護りたくとも、保存修復の予算確保が難しく、お座なりになっているのが現状です。そのような状況を鑑みて、私たちが会を立ち上げ、共に協力する形が生れれば、この現状を変えられるのではないかと考えました。

この設立趣旨に書かれた言葉を読むと、まるで太刀八幡宮の絵馬達のために設立された団体なのではないかと思ってしまいました。というより、全国で同じ課題に遭遇している神社がたくさんあるということですね。

 

大絵馬修復の写真もホームページに載っています。

kumamoto-cpp.com

 

代表の大塚浩平さんは日本画家であり、日本画工房 浮島館の代表も務めており、そちらのホームページにも絵馬の修復の状況を載せています。

www.ukishimakan.com

 

太刀八幡宮の絵馬達が修復の道を選ぶことになれば、こういう団体に依頼するするのも検討の一つです。

 

福岡県にも同様の組織があっていいですよね。

 

修復して良い物、悪い物

 

極端な例かもしれませんが、文化財と言われる物の中にも、修復してはいけないものもあると思います。

絵馬展のなかで紹介されていた、お馬さんやお猿さんの絵馬を、何を描いているか分かるように修復したら、その文化財としての価値は、失われるように思います。

f:id:goodlightsato:20230820062721j:image

特別展「絵馬」 神に捧げた祈りの美 カタログより転載

 

例えば、前回ブログに書いた太刀八幡宮三十六歌仙図はどうでしょうか?

goodlightsato.com

残念ですが、ほとんどが脱落して、残った板絵も何が書いてあるか分かりません。

修復というよりは、いずれ処分されてしまうでしょう。

 

太刀八幡宮の絵馬を、修復するべきか?その場合誰に修復をお願いするか?

簡単に判断出来ない問題です。

🤔

 

 

太刀八幡宮の三十六歌仙図

太刀八幡宮の拝殿の外側上部に、三十六歌仙図と思われる板絵が飾られています。

 

f:id:goodlightsato:20230816093923j:image

拝殿正面と東側

 


f:id:goodlightsato:20230816093920j:image

拝殿東側

一部落下している板絵もあります。

 

f:id:goodlightsato:20230816103306j:image
拝殿西側

ほとんど脱落しています。

 

f:id:goodlightsato:20230816094406j:image

拝殿東側拡大写真

僧侶の姿が確認出来ます。

 

今まで紹介した拝殿内の絵馬達と違って風雨による劣化が激しく、なんとか人の姿が分かるものもあれば、ほとんどが朽ちて落下している状況です。

 

福岡県立美術館 特別展 絵馬 神に捧げた祈りの美のカタログの中に、宗像大社の歌仙図の紹介と解説をしていますので、一部引用します。

 

古今和歌集」の仮名序に紀貫之

「(和歌は)力を入れずして天地(あめつち)をうごかし(天地の神々を感動させ)」

と記したように、歌は神の心に達し、喜ばせるものであると考えられてきたことからも、和歌書を書き添えた歌仙絵は古くから絵馬として神前に奉納されている。拝殿の周囲に三十六歌仙図として掲額される場合が多い。

 

三十六歌仙とは、ウキペディアには次のように書かれています。

三十六歌仙(さんじゅうろっかせん)は、藤原公任の『三十六人撰』(さんじゅうろくにんせん)に載っている平安時代の和歌の名人36人の総称である。

 

 

世界遺産「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群デジタルアーカイブスの「宗像地域の文化財」として、三十六歌仙図扁額福岡藩第3代藩主黒田光之奉納の一部を紹介をしています。

www.munakata-archives.asia

 

 

 

 

太刀八幡宮三十六歌仙図が奉納された当時、美しく拝殿を彩ったであろう三十六歌仙図は、絵画としての美と、和歌の教養を氏子の方々に教えた貴重な資料だったことでしょうね。

 

ユーチューブに丹生郡姫神社に掲げられた三十六歌仙図が公開されていました。

太刀八幡宮三十六歌仙図が掲げられた往時を想像して、拝見させていただきました。

ありがとうございます。🙏


www.youtube.com

 

 

太刀八幡宮の絵馬 保存の考察 文化財?

太刀八幡宮の絵馬達の保存を考える上で、この絵馬達に文化財としての価値があるのか気になりました。

 

朝倉市のホームページで、文化財の検索をすると、絵馬の指定は無いようです。

 

先日、太刀八幡宮の絵馬を見て頂いた朝倉市文化生涯学習課のNさんに、絵馬の文化財指定について聞いてみたところ、

 

「絵馬については、非常に関心を持っているところです。」

文化財指定の際は、その絵馬の美術的価値に加え、誰がどういう経緯で奉納されたのか、絵馬に描かれた内容が文化的価値があるのか等、色々評価が必要です。」

とのことでした。

 

色あせていても絵馬奉納の背景によっては、文化財としての価値があると判断することもあるのでしょうね。

 

以前、朝倉図書館で絵馬の資料を調査していた時、

福岡県の絵馬 第一集 北筑後・南筑後教育事務所管内編(平成9年3月)

という資料を読みました。

 

当時(平成9年3月)の福岡県博物館協議会会長であり、福岡県立美術館長の丸林茂夫さんが、「はじめに」として美しい文章を書いていますので、一部引用します。

 

神社に参詣したときなどに絵馬堂に立ち寄るのは今日の私たちにとっても心和む体験です。

ましてや庶民にとって絵画を鑑賞する機会がきわめて限られていたはずの往時にあっては、絵馬鑑賞は今日の想像をはるかに越える喜びと慰みを庶民に提供したことでありましょう。人々の祈りや美意識がこめられた絵馬は村落共同体の精神生活を担う中心的な表象として機能していたに相違ありません。そのことから、絵馬の文化財としての、または美術品としての価値が今日見直されようとしていることはむしろ当然のことといえます。・・・

 

絵馬の価値を簡潔に訴える名文ですね。

 

 

この資料は、福岡県博物館協議会が平成元年度において10周年を迎え、その記念事業として県内の全域の絵馬調査及び報告書刊行したものの一部です。

最終的にこの事業は、平成11年10月に福岡県立美術館で開催された

特別展「絵馬」 神に捧げた祈りの美

へとつながります。

 

「絵馬」神に捧げた祈りの美

福岡県立美術館 カタログ画像より引用

 

朝倉図書館でお借りして見ていますが、良い内容です。

生で絵馬を見てみたいと、欲が出ます。

 

福岡県の絵馬 第一集 北筑後・南筑後教育事務所管内編には、調査した神社の名前、絵馬の画題、制作年、作者、寸法、銘文が記載されています。

 

朝倉郡朝倉町では、11の神社、71点の絵馬が調査されています。

 

ところがその中に、太刀八幡宮は含まれていません。😱

 

え、なんで❓とびっくりしたのですが、報告書の中に調査期間のことに触れている個所があり、原因の一端なのかもしれないと思いましたので一部引用します。

 

筑後教育事務所管内の絵馬について

 

調査期間は平成2・3年度の二箇年間をあてたが、調査最終段階の平成3年9月には、県下は史上稀にみる強烈な台風に見舞われ、特に甘木・朝倉地域は人家や工作物、農作物等が甚大な被害を蒙った。強風による神社の被害も大きく、神社の拝殿や絵馬堂に飾られていた絵馬も暴風雨によって飛ばされる等の被害を受け、中には、調査が済んだ絵馬が所在不明になったり、被害に遭った後は神社に掛けずに倉庫等に収納されたりして思うように調査が進まず苦労した。・・・

 

平成3年といえば、太刀八幡宮も暴風雨の影響を受けています。

 

以前のブログに暴風雨について触れています。

goodlightsato.com

このブログの一部を引用します。

この記念碑によれば、平成3年9月の2回の暴風雨🌀により、古木を含め3百本余りが倒木したとのことです。

 

幸い絵馬達は無事でしたが、この時の絵馬調査からは漏れてしまったようです。

 

平成3年というと約30年前のことになります。

 

この報告書によれば、朝倉市内の絵馬の数は次の通りです。

甘木市 35神社 226

杷木町 26神社 274点

朝倉町 11神社   71点

 計  72神社 571点

これに、太刀八幡宮の絵馬のように調査から漏れた数を足すと、どれだけ膨らむのでしょうか。

あるいは、平成29年(2017)7月九州北部豪雨により、黒川の高木神社では絵馬も相当被害を受けたように聞いています。

 

それにしても、これらの多くの絵馬を再度調査し、まとめ上げようとするのは大変な労力ですね。

私が心配することではありませんが、朝倉市の担当者を応援したくなります。📣

 

参考に、うきは市には市の指定を受けた絵馬がホームページで紹介されています。

www.city.ukiha.fukuoka.jp

 

 

また福間市には多くの絵馬がホームページに紹介されていますが、福間浦鰯漁図は福岡県有形民俗文化財に指定されているとのことです。

 

www.city.fukutsu.lg.jp

 

 

こうして見てみると、太刀八幡宮の絵馬の文化財的価値を見いだすのは、氏子の方々なのでしょうね。市は文化財保護という観点から色々進めていくでしょうが、前回のブログでもいいましたが、顧問の方が絵馬の保存を考えて欲しいとおっしゃるのは、氏子として絵馬の価値を認めているからのことなのでしょう。

 

私も同感です。

 

氏子の一人として、この絵馬という文化財をもっと多くの氏子の皆様に直接見て頂きたいと思っています。太刀八幡宮に足を運び、絵馬に触れ、先人たちの思いを感じ取ることが文化を守ることに繋がり、その上で風化に対してどういう対策をしていくのかを、皆さんで智恵を出し合って考えていければと思います。

 

私も、さらに保存について勉強していきます。

 

太刀八幡宮の絵馬 小絵馬と隠された絵馬達

今まで、太刀八幡宮の絵馬 14枚と干支恵方盤、天井画を紹介してきました。

しかし、紹介した絵馬達以外に、小さな絵馬や隠れて見えない絵馬もあります。

f:id:goodlightsato:20230813140602j:image

川中島一騎打ち」の絵馬に隠れてしまっている絵馬は、黒馬と白馬が描かれた絵馬のようです。乙王丸、善光寺 15名という字は読み取れましたが、奉納年月は分かりません。

ちょっと全体を見てみたいものです。

 

 

小さな絵馬は、個人で奉納しているのかもしれません。

f:id:goodlightsato:20230813152053j:image

 


f:id:goodlightsato:20230813152050j:image
f:id:goodlightsato:20230813135657j:image


f:id:goodlightsato:20230813135707j:image

 

大絵馬の裏にある隠れて見えない小さな絵馬は、結構あるのかも知れません。

 

大絵馬が奉納される度に、絵馬の位置をずらしたりしてきたのでしょう。

他の神社では、廃棄された古い絵馬もあるようです。

 

以前、総代会の時だったでしょうか?

顧問の方が、

「太刀八幡宮の絵馬は、他に例を見ない程保存状態も良いので、今後どのように扱っていくのか検討して欲しい。」

とおしゃっていたことがあります。

 

今後は、太刀八幡宮の絵馬の保存について色々考察していこうと思います。

 

太刀八幡宮の天井画

前回のブログで紹介した干支恵方盤の後ろに、天井画が描かれています。

干支恵方盤や絵馬に隠れて、全てを確認することは出来ません。

 

 

f:id:goodlightsato:20230811200844j:image

 

写真の右上から見てみると

 

花瓶に生けられた花 椿でしょうか。

こたつに入って書を見ているように見えます。

美しい女性と家来でしょうか。旅に出るのかな?

武士のような?

女性が扇を持って舞をしているのでしょうか?

弓を引いている武士?

 

恵方盤の左側には、鶴らしき鳥も描かれています。

 

何かの物語なのでしょうか?

 



f:id:goodlightsato:20230811200851j:image
f:id:goodlightsato:20230811200840j:image

この天井画の下部に、奉納した方々の名前が書かれた板が、張り付けてあります。

絵馬との関係で、板を上にずらして打ち付けたのでしょうね。

上の部分が隠れています。

 

〇殿天井画(たぶん拝殿)

〇連〇

古賀さん、浦さん、丸山さん、鬼塚さん、その他

明治5年(1872年) 壬申(みずのえさる)春

 

〇〇一刀〇 作者の名前?

 

151年前のものですね。

 

作者の名前の雰囲気からも、有名な画家が描いたものかもしれません。

 

干支恵方盤が奉納されたのが明治36年なので、約30年は参拝者は見上げて天井画を楽しんでいたのでしょうね。

 

それにしても、この板に書かれた字は151年目のものとは思えないほど、鮮明に見えますよね。

 

墨(すみ)が良かったのしょうか?

 

 

 

太刀八幡宮の干支恵方盤

太刀八幡宮の拝殿の天井中央に、干支が描かれた方位盤が飾られています。

 

f:id:goodlightsato:20230810062539j:image

 

鬼塚さん、本田さん、丸山さん、浦さん等 17名の方々の名前が書かれています。

参拝 伊勢大願祝海○○全奉納○神前○○

明治36年1903年)  6月下旬

と読み取れますので、お伊勢参りの後の奉納でしょうか。

120年前です。

朝倉村 七熊新九郎 作

 

東西南北と干支の関係が描かれています。

つい、自分の干支を探してしまします。

 

十二支

 

日本文化研究ブログさんが、「十二支」について分かりやすくまとめてあり、とても参考になりました。

jpnculture.net

 

普段、干支というと「今年はうさぎ年」というように、年ごとに当てはめたものが馴染み深いですが、時や方位にも同様に割り当ててあるんですね。

 

このブログの中の図と、天井の写真では、鏡のように対称になっています。

 

 

志免町の干支恵方

 

志免町のホームページ 「史蹟と文化財」に干支恵方盤の解説が記載されています。

 

一部引用します。

 

南里の「鎮守」とされている王子八幡宮の本社天井に、「干支恵方盤」があります。恵方とは、歳徳神という正月に祭る神のいる方位のことで、その年はこの方角が万事吉とされます。この方位が毎年移動するので、それを示す「干支恵方盤」という円盤を本社天井に吊り下げ、大晦日の日に方位を直しているのです。

 この円盤は内側に東西南北の方位が、外側に十二支が配され、通常は円盤の中央に独鈷(密教で使う仏具の一種)を用いた方位の矢印が取り付けられています。その矢印を新年の干支に回転させるのですが、王子八幡宮のものはこの方位がとれています。またその周りの文字や干支も消えかかっていて、縁起のよい方向を占うことは無理なようです。福岡市の櫛田神社に行くと同じものがありますので、参拝に行かれる際は確認してみてください。

 

昔は、恵方という方位を大切にしていたことが分かりますね。

 

櫛田神社の干支恵方

 

「もっと福岡さん」のホームページに、櫛田神社のガイドが紹介されています。

 

fukuoka-yokamon.com

 

一部引用します。

①まずは入口:門の頭上に干支?!【干支恵方盤(えとえほうばん)】

 

kusi12

髙山さん「楼門(神社の入口の門)の上を見てください。

kusi11

干支が描いてありますね。各方角を示す干支を、真ん中の針が指しているのが分かりますか?

これは、節分の時に恵方巻きを向いて食べる方角を指しているんです。

kusi13

つまり、その1年の運の良い方角なんですよ。

わざわざ見えづらい天井に干支を描いて、ラッキーな方角を指し示すなんて、すごくユニークですよね。

 

この櫛田神社の干支恵方盤は、立派な彫り物で干支が飾られていますね。

とても綺麗なので、比較的新しいのでしょうか。

 

 

太刀八幡宮恵方盤の中央には、網が張ってある中に矢印らしき物が見えますね。

昔は、大晦日に矢印の向きを変えて恵方を指し、新年の参拝に来た方々はその方角を確認したのでしょう。

 

我が家では、恵方巻を食べる時に、「今年の恵方はどこ?」とインターネット検索して確認しています。

 

時代の変化を感じますね。