氏神様は太刀八幡宮

1200年の歴史を紐ときます

太刀八幡宮のお供え物

 令和7年も早いもので、3月(弥生)になりました。

辞書によれば、次のように書かれています。

「弥生は」、日本の旧暦3月の別名であり、草木がますます生い茂る時期を意味します。語源は「いやおい」の変化で、「いや」は「いよいよ」「ますます」を意味し、「おい」は「生い茂る」を意味します。

太刀八幡宮では、春告鳥ハルツゲドリの別名があるウグイスが美しい声で鳴いています。

今月の25日には、春の例大祭も開催されます。

皆様も参加されてみませんか?

 

今月の拝殿前のお供え物の状況です。

 

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今年になってから、拝殿前にお供え物が置かれるようになりました。

最初は、ワンカップから始まったように思います。

それから少しずつお茶とお菓子などが増えていっています。

節分のお豆もあります。

 

参拝者が増えているのだと思い、私もとても嬉しく思います。

お一人の方のお供えなのか、複数の方のお供えなのかは分かりませんが、お供え物が増えていく階段に微笑ましいものを感じたりします。

 

神様方もお酒のみならず、お茶やカステラ、チョコレートなどと、人間界の食べ物や飲み物に興味深々といったところでしょうか。

 

無人の神社へのお供え物

ところが、この太刀八幡宮は普段は宮司さんがいない無人の神社です。

こういう無人の神社へのお供え物について、インターネットで検索すると次のようなコメントが見られます。

 

ヤフー知恵袋

お神酒やお供え物を放置する例が多いのですが、そういうふうにすると、お供え物が雨風で劣化したり、カビが浮いたり腐ったりします。御神前を汚すことになるのですね。従って、無人の社の場合は自ら持ち帰るのが鉄則です。拝礼した際に、他人が残した供え物で神前が汚れている場合、持ち帰って廃棄するのも大変良いことです。清掃も含め、祭神に大いに喜ばれると言われています。尚、御神前に供えた酒やお供え物には、神気が宿りますので、持ち帰って食すと大変有効です。

 

他にも必ず持ち帰るように促す宮司さんの声もネット上にはあります。

 

神様に喜んで頂きたいという参拝者の気持ちも嬉しいですが、風雨にさらされる場所でもありますから、神前が汚れてしまうのは避けたいですよね。

 

太刀八幡宮には、猫🐈はたまに見ます。以前キツネを見たこともあります。

しかし、今のところ食べ物が荒らされた後はありません。

猫たちの好物ではないでしょうね。

我が家の猫も、袋詰めのお菓子を食べることはありません。

 

そこで人口知能(AI)のChatGPTにどうしたものかと質問してみました。

その回答です。

 

おはようございます。氏神様である太刀八幡宮へのお供え物が無人のまま放置されてしまう状況ですね。

対策案

 

1.「お供えルール」の掲示

・「お供え物は持ち帰りましょう」「日持ちしないものはご遠慮下さい」と書いた案内板を設置。

・「お供えは神様への感謝の気持ちなので、供えた後は適切に処理しましょう」と呼びかける。

 

2.地域の代表者や世話人を決める

・町内会や神社を守る方々で、お供え物を整理する係を作る。

・定期的にチェックし、適切に処理する。

 

3.「おさがり」としての活用を促す

・「お供え後、感謝の気持ちで皆さんでいただきましょう」と掲示し、持ち帰る文化を作る。

・「お供えは、神様のお力をいただくもの。適切に分かち合いましょう」と説明する。

 

4.お供えを「賽銭」や「清掃活動」へ誘導

・「神様へのお供えの代わりに、お賽銭や清掃活動で感謝を伝えませんか?」と提案する。

・余ったお供え物を清掃活動の参加者へ分配するのも一案。

 

5.食品以外のお供えを促す

・花や榊(さかき)、塩など、長持ちするものを推奨する。

・「お供えはお酒やお花が望ましいです」との案内を出す。

 

まとめ

お供えを放置すると衛生上問題になりますが、「感謝の気持ちを適切に伝える」形に変えていくのが大切です。

地域の方々と話し合い、無理のない方法を検討してみてくださいね。

 

皆さん、この人口知能の提案をどう思いますか?

 

人間なら比較検討案を作るだけで色々資料を集め、選択してまとめていくところを、あっという間に対策案を提案してくれました。それもまとめの言葉であるようにお供えする方の気持ちに寄り添って、ありがとうという気持ちを大切にすることが一番大切だなんて、おそるべし人口知能です。

 

私の妻のお母さんは、近所の馬頭観音様のお供え物は皆さんで自由に「おさがり」として持ち帰っています。馬頭観音さんの飴🍬が時々私の口👄を潤します。

 

この件は、総代会長さん達に伝えることで、最良の形になっていくことでしょう。

 

しかし、私は参拝のたびに、大好きなビール🍺とチョコレート🍫に目👀がいって、気が散ってしまっていました。まだまだ、欲深い私がいます。😋

 

精進、精進。🙏

太刀八幡宮 令和7年初詣(神像御開帳)

令和7年が始まりました。

明けましておめでとうございます🎊

 

晦日は晴れ渡った新月の夜で、見上げた夜空の星の輝きに、しばし足を止めてしまいました。特に今月2回目の新月で、ブラックムーンという特別な日ということです。

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太刀八幡宮は、総代さん達のお陰で、初詣の準備が整いました。

今年も竹灯篭のロウソクの明かりが、幻想的な雰囲気を作り出し、参拝者を迎え入れます。


www.youtube.com

 

深夜0時を目指して、多くの方々が参拝のため集まって来ます。

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いつもは御扉(神殿の扉)の奥にある三つのお社が、拝殿に移されました。

神饌をお供えし、太刀を飾り参拝者を迎えます。

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そして御神像が御開帳されました。

太刀八幡宮の神様は、宗像三女神田心姫命市杵島姫命湍津姫神)、応神天皇神功皇后です。

 

中央の神像

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何となく応神天皇かな?

 

向かって右側の神像
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神功皇后のような母神様の雰囲気が感じられませんか?

 

向かって左の神像
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消去法で宗像三女神(田心姫命市杵島姫命湍津姫命) を表しているのでしょうか?

 

 

どの神様の神像かは、はっきりしていませんが、来年は時間をかけて調査をしてみたいですね。

皆さんは、どの神様だと思いますか?

 

元旦の朝 内藤尚武宮司をお迎えし、歳旦祭が行われました。
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拝殿の中に内藤宮司さんが神事を執り行っています。

 

今年は巳年🐍です。

脱皮して新たな事が始まると言われています。

 

皆さま方にとって素晴らしい1年になる事をお祈り🙏します。

 

 

 

太刀八幡宮 令和6年度 各地区の宮祭り・川祭り

今日は令和6年12月1日です。

 

師走というように、内藤宮司さんも大忙しの季節になりました。

 

太刀八幡宮新嘗祭は、11月23日に本殿で執り行われていますが、それとは別に今日から各地区の宮祭りが行われます。

毎年善光寺区から始まり、小塚・中央、余名持、大角、三寺、上野原、乙王丸と続きます。

 

宮祭り

 

宮祭りとは、各地区の公民館などに祭壇を設けて太刀八幡宮の神々にご降臨頂き、新嘗祭と同じように五穀豊穣に感謝するとともに、師走の大祓い式を行うものです。

 

善光寺公民館の前には、鳥居のように立てられた竹にしめ縄が張られています。

 

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そして、祭壇を設け、神饌が並べられます。

 

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内藤宮司さんが、降神(こうしん)の儀により祭壇中央の神籬(ひもろぎ)に太刀八幡宮の神々にご降臨いただき、神事が執り行われます。

区長、総代そして座元の方々が参加しています。

 

どうぞ動画をご覧ください。


www.youtube.com

 

 

川祭り

 

川祭りは荷原川に祭壇を設け、川の水の農作物への恵みに感謝するとともに、氾濫などの災害、水難事故の無いことをお祈りするものです。

 

荷原川の改修工事のため、久しぶりの現地開催になります。

(改修中は、橋の上から内藤宮司さんがお祓いをしていました。)

 

荷原川の右岸に設置された祭壇

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祭壇には神饌と四隅には竹の器に甘酒が注がれています。

内藤宮司さんと区長・総代そして座元代表により神事が執り行われました。

どうぞ動画をご覧下さい。


www.youtube.com

 

 

川祭りについて昨年のブログで記載したことを引用します。

 

この川まつりですが、農作業に大きな働きをしてくれた牛・馬を川で洗ったりして大切にしていました。その川に対する感謝の気持ちが、川まつりとして継承されてきているとのことです。

 

善光寺さんの写真集の中には、次のような説明書きがあります。

機械化農業の以前ずっと昔その昔から農業は、牛馬によって営まれていたので牛馬の数、竹筒に甘酒を入れて牛馬に感謝の意を表し祭られる

 

当時何頭牛馬がいたのか分かりませんが、その数竹筒を用意したのでしょうね。

 

朝倉町史の第9編民族のところに、「川まつり」という項目があります。

 

 

引用します。

カッパまつりともいい、川筋の朝倉町ではこのまつりが多く行われている。水難事故にあわないように、水田の水が枯れないように祈るまつりである。三島部落では毎年十月二十日に部落あげて「川まつり」を行っている。座元があって、当日は竹筒3本に甘酒を入れ、それを竹笹にくくりつけ、堀川とせり川に捧げてその余りをいただくのである。この川まつりの由来は民話の節で述べることにする。

 

カッパまつり

 

引き続き、朝倉町史第七章 民話と伝説 第一節民話から引用します。

 

川まつりともいう。昔三島の里に、作兵衛さん(仮名)という働きものがいた。今日も一日の仕事を終えて、堀川の馬入れくんばで馬を洗っていた。馬洗いが終わり、自分も水浴びをしていた。ところが馬が何に驚いたのか、馬小屋目がけて走っていった。作兵衛さんも後を追い、馬小屋にいってみて驚いた。なんと手綱のわさに、カッパが手をつっこんでもがいているではないか。やがて隣近所のものが集まり大騒ぎとなった。「殺してしまえ」「見世物にだせ」といろいろガヤガヤ。そのうち一人の老人が「可哀想だから助けてやっては」と言った。里の衆も賛成した。

しかし助けてやるかわりに、次のことをカッパに約束させることにした。

「人流れがあったら必ず助けること。稲に水が枯れないようにすること」

カッパは快く引き受けて水の中に消えていった。その後三島橋のところから子供の人流れがあったが、どうしたことか三島車の「あらこ」の上で助かったという。またどんな日照りの年でも、川の水が枯れたことはなかったので、これはきっとあのカッパのお陰だと里の人は感謝した。

それからというものは、毎年十月二十日に部落あげてカッパまつりをすることになった。当日は世話人が竹筒三本に甘酒を入れ、それを竹笹にくくりつけて堀川とせり川にあげ、その余りをみんなでいただきカッパに感謝した。甘酒は刈り取り前の稲の穂をそいで作った。このまつりが終わらないと、稲取りは始められないという慣わしだった。この日は遠く筑後の方からも甘酒をいただきにくる人が多く、小学校も昼前で帰り、三嶋宮の境内は一日中賑わったという。戸渡しがあって座元になった二軒は、朝からご馳走をつくり接待の用意で一日中大変だった。何時の頃より始まったかははっきりしないが、今もこのまつりは続けられている。

 

こういう民話を見ると、地区は変わりますがこの太刀八幡宮の各地区で行われている川まつりも、農業の労働力としての牛馬に感謝することに加え、川の恵み、自然の恵みしいては大地・地球の恵みに感謝する形の現れなのだろうなと思います。

 

私の子供もよく荷原川に入って遊んでいました。

川に仕掛けたお魚キラーという網を毎日見に行って、時には鯰が入っていることもあり、川の恵みを体でたくさん感じることが出来たと思います。

その子供が無事に成長して、現在高校3年生の生活を楽しんでいるのは、カッパさんの助けもあったのだなと今更ながら感じます。

(中学校の先生からは、川では過去水難事故があったから、川には入らないように指導がありました。)

 

朝倉町史に書かれていますが、三島という地区では「小学校も昼前で帰り」とありますが、こういうお祭りこそ子供達が参加して、宮司さんから川の恵み・自然の恵みを学ぶことで、子供達の自然観を育てることになるのではないかなと思います。

 

 

懇親会

 

この日は村人皆さんが集まり直会(なおらい)が執り行われました。コロナ禍によって久しぶりの開催となりました。

楽しい懇親会が進み、座元の引継ぎが行われ、万歳三唱で締めくくりました。

 

文化の継承

 

宮祭り・川祭りに参加して思うのは、こういう地域独特の文化がいつまでも続いて欲しいと思うのです。

時代の変化により中止や縮小されている行事がある中で、今後世代が変わればこういう行事の必要性とかが議論される時が来るとは思うのですが、文化を継承・発展させていくことが地域コミュニティの維持には不可欠だと思うのです。

出来れば子供たちも参加して、文化に親しむような環境を作っていくことも大切なのではないでしょうか。

 

 

 

太刀八幡宮の神はからい

ブログを始めたきっかけ

 

令和4年(2022年)6月に最初のブログを公開しました。いつのまにか2年5か月が経とうとしています。

そして、多くの方々にブログを読んで頂いて感謝しています。

 

私たち家族がこの町に引っ越して来たのは、平成21年(2009年)12月でした。やがて15年になります。🏠

私の出身地は石川県金沢市であり、妻は静岡県です。私たちにとってこの町は、引っ越して来るまで縁もゆかりもない土地でした。

 

太刀八幡宮との縁が出来たのは、地区の太刀八幡宮総代のお役を頂いたからです。

令和元年度から令和3年度までの3年間を総代として務めました。加えて太刀八幡宮1200年祭建設委員というお役を、令和元年度から令和5年度の5年間、総代と兼務する形で務めることになりました。

 

大絵馬を見た感動

 

最初の例大祭に参加した時、拝殿の中に飾られている大絵馬に圧倒されました。数々の大絵馬が所狭しと並び、それに見入っていたことを思い出します。

武士の絵馬に並び突然おっぱいをあらわにした絵馬もあり、いつまでも眺めていたい衝動に駆られていました。

毎回例大祭に参加するごとに、絵馬を見上げては楽しい時間を過ごしていました。

そして、総代の新年会の時、鶴田多々穂さんがまとめた絵馬の資料を見ることが出来、絵馬の歴史や内容を知ることになります。

 

太刀八幡宮1200年祭に向けて(令和5年10月秋)

 

太刀八幡宮1200年祭建設委員というのは、本殿屋根の改修等の建設費(1500万円)を集めるのが重な仕事となっています。

 

私は、色々な神社のホームページを見ると「〇〇改修事業 御奉賛のお願い」といった寄付の案内があるように、太刀八幡宮のホームページを作成して寄付を募ることを、建設委員会会長に提案しました。

 

太刀八幡宮の由緒や絵馬などをホームページで紹介すれば、氏子にとっても参考になるし、いくらかでも寄付が集まれば良いのではないかと思ったのです。そしてそのホームページの作成には私も喜んで協力することを伝えたのです。

 

しかし、「ホームページを作成するにはお金がかかるので無理です。」という建設委員会の判断でした。

 

個人としてブログを作成

 

ちょうどその頃、「勉強(インプット)した事は、どんな方法でもいいから人に教えたりして(アウトプット)すると良いよ」という本を読み、それにはブログが最適だと書かれていました。

だったら、私が神社の由緒や絵馬などのことを調べて、ブログで発信してみようかと思い立ったのです。

ブログの立ち上げ方から勉強し、平行して神社のこと(主祭神の事・大絵馬・境内社など)を色々調べては、ブログに書き込んでいった次第です。

個人のブログなので、気楽に書けるのが良かったと思っています。

 

毎日の参拝

 

我が家には、柴犬🦮が2匹(オス9歳・メス8歳)います。

毎朝の散歩は、最初の頃は自宅の半径2キロぐらいは、道を覚えたほうが良いとのことで、あちこち歩きまわっていました。そのうち荷原川の川沿いは、魚もいるし鳥も飛んでいて気持ちがいいので、普段の散歩コースになりました。

ところが、平成29年7月の九州北部豪雨の後、荷原川の改修工事が始まりました。毎日の散歩コースを歩くことが出来なくなりました。

そうして新たな散歩コースとなったのが、太刀八幡宮でした。

サラリーマンですから、出勤時間前に散歩を済ませます。

大雨など特別な日を除き、毎朝神社に参拝することになりました。おかげで、季節の移り変わりを肌で感じます。冬は暗い中参拝しますが、フクロウの声が出迎えてくれたときは感動しました。雪の田んぼを駆け回るキツネも美しかったです。

今は河川改修工事も終わったので、一日おきに太刀八幡宮と荷原川沿いの散歩コースを楽しんでいます。

 

ブログを公開しながらの学び

 

最初はおっかなびっくりしながら、ブログを書いていました。今でもそうですが、文章を書く事が無かったため、すぐに言葉に詰まってしまいす。

資料調べのためホームページを検索すると、そこに書かれている美しい文章に感動しながら、引用させていただきました。

図書館の資料やホームページ、時にはあちこち出かけながら、私自身とても楽しくブログを作成してきました。

振り返ると、良くここまで書いて来たなぁーと感動します。

 

神功皇后が太刀を納めたのが、西暦201年ですから1800年を超える長い歴史を持つこの土地に、多くの人が参拝し、時に願い、時に本殿が焼かれそして復興するなどの歴史を学ぶことによって、私の人生を見つめ直す機会にもなりました。

 

一例ですが、吉田松蔭の遺書であり留魂録を読んだお陰で、だれの人生にも春夏秋冬があり、収穫の時期を迎え、種を残していると学びました。10歳で亡くなる命の中にも春夏秋冬あって、無駄な命は何一つない。

goodlightsato.com

このことは、今年の正月に発生した能登半島地震で亡くなった命に対して、残された私たちが災害に対する意識を高め行動することなどが、種を実らすことになるのではないか。ただかわいそうな命という見方ではなく、「あなたの命を無駄にしないよ、ありがとう」と思えるようになりました。

 

歴史を学ぶ意味はあるのか?という問いに対し、作家の司馬遼太郎さんは次のように述べました。

歴史は本来、そこから知恵と希望を導きだすべきものなのである。

美しい言葉ですよね。

学生時代にこういう意識になって、歴史を勉強していたらと、ちょっと後悔してしまいますが、今からでも遅くありません。

これからの激動の時代を私もそして若い世代も生きていきます。どんな事が起きようが、人は協力しあって生き抜いてきました。

 

太刀八幡宮に関わった先人の知恵と希望を導きだすことは可能です。

 

神はからい

 

太刀八幡宮の氏子として生まれ育った人から見れば、私はよそ者です。

 

ただ、振り返ってみれば、この町に住むようになったことから始まり、総代のお役目や犬の散歩、荷原川の改修。ホームページ作成が出来なかったことなどすべてが神はからいというか、神さまの導きと思えてきました。

まだまだ、このブログでお伝えすることはあります。

この先、どういう展開が起こるのか?

神はからいを楽しみながらブログを続けていきます。

 

今後ともお付き合いをよろしくお願いします。🙇

 

 

太刀八幡宮の宮司 内藤尚武さん

令和6年10月 内藤尚武さんが宮司に就任しました。

先日、色々お話しを伺いましたので、紹介します。

 

プロフィール

 

内藤 尚武(なおたけ)

 

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令和6年11月16日 美奈宜神社で撮影

 

昭和54年5月5日 生まれ(45歳)

ご家族 妻、長男(小3)、長女(年長)

奥様は、伏見稲荷神社の巫女さんをされていました。

 

朝倉高校卒業

国学院大学 文学部神道学科卒業(平成14年(2002年))

 

伏見稲荷神社 奉職 (平成14年(2002)4月~平成21年(2009)5月) 7年在籍

福岡県護国神社 奉職 (平成21年(2009)7月~令和4年(2022)3月)13年在籍

美奈宜神社 祢宜 (令和4年(2022)4月~令和6年(2024)9月)   2年在籍

美奈宜神社 宮司 令和6年(2024年10月~)

 

趣味 合気道 2段

 

美奈宜神社 第26代宮司

 

内藤宮司本務社(常駐している神社)は、美奈宜神社(林田)です。

西暦202年創建され、1800年の歴史を持つ神社です。

minagijinjya.com

 

故内藤主税宮司の長男として生を受けます。

兄弟は、弟さんと二人の妹さんがいます。

 

美奈宜神社ホームページより転載

 

由緒ある家柄に生まれ、神職の道を一直線に歩み、国学院大学卒業後、神職として今年で23年目になります。

 

兼務社

 

兼務社とは太刀八幡宮のように専属の神職がおらず、別に本務社を持った神職が社務を兼任している神社をいいます。

内藤宮司さんが管轄している神社が次表です。

表は令和3年のものですが、現在も内容は変わっていませんので、本務社の他に37社兼務社を担当していることになります。

さらに、法人登録していない神社関連があるとのことです。

ただ、この37社の兼務社すべてが、太刀八幡宮のように例大祭を年に5回行っているわけではないとのことです。(年に1回のところもあるようです。)

 

現在の心境 

 

雑談の中での内容をまとめてみました。

 

故内藤主税宮司と二人体制で、2年3か月業務を行ってきましたが、突然すべてを一人で行うことになりました。

まずは、本務社である美奈宜神社の「林田くんち」を無事終えることが出来て、一安心というか一息ついたというところです。

すべての社務を経験しているわけではないので、少しずつ関係神社の方々と打ち合わせをしながら、取り組んでいるところです。

 

九州の外に出て感じたことは、九州は1800年といった歴史ある神社が多い。奈良や他の地域にはありません。

 

美奈宜神社の参拝者は、年々増えて来ている。ときには太刀八幡宮御朱印が欲しいと美奈宜神社にお見えになる方が月に一人ぐらいいます。

 

今年の12月は、神事が立て込みとても忙しく、1人では対応出来ないため、東京に住む弟さんが応援に来てくれるとの事です。弟さんも国学院大学を卒業して神職の資格を持っています。

 

美奈宜神社のホームページは、尚武宮司が作成したもので、自分が作成管理すれば、費用はそんなにかからない。

 

お酒🍶は、大好きです。

 

取材を通して

 

すでに神職として経験豊かな内藤尚武宮司は、当面は今までの社務を踏襲することに専念されますが、いずれはご自身の気づきに従い、尚武色といったものを表に出して行かれるように感じました。

それには、巫女さんであった奥様の内助の功がこれから重要な役割を果たしてくれるようにも感じました。(奥様とはお会いしていませんが。)

 

太刀八幡宮兼務社の中では、大きな神社の一つでもあるので、色々お心配りをして頂けそうです。

そのためにも、私たち氏子が内藤尚武宮司を盛り上げ、一体となって太刀八幡宮を守り育てていけたらと思います。

 

内藤尚武 宮司さん

これからもよろしくお願いします。🙇

令和6年 太刀八幡宮 秋の例大祭

令和6年10月25日

 

穏やかな秋晴れに恵まれて、秋の例大祭が開催されました。

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境内は落下の危険のあった枯れ枝が剪定され、何かすっきりした感じがします。

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以前のブログで紹介しましたが、枯れ枝の落下による事故が一番懸念されていたことでしたが、剪定作業が終わって一安心です。

goodlightsato.com

 

秋の例大祭

 

おくんち」ともいわれ、五穀豊穣・秋の恵みに感謝するお祭りです。

10月1日をもって正式に宮司に就任された内藤尚武さんが、故内藤主税宮司の後を継いで神事を執り行いました。

どうぞ御一緒に参拝して、太刀八幡宮の神々の御神威をお受け下さい。


www.youtube.com

 

内藤尚武宮司さんにお話しを伺うと、本務社である美奈宜神社の秋の大祭「林田くんちが」先日21日に無事に終わり、ホットしているとのことです。

美奈宜神社のホームページをみると、一生懸命大役をこなしている姿を感じることが出来ます。

そのホームページには、昨年の林田くんちが「里を編む獅子の舞」と題してドキュメント映画として制作され、その内容を見ることが出来ます。

素晴らしい内容となっていますので、ご覧になることをお勧めします。

故内藤主税宮司の姿も生き生きと撮影されています。

 

minagijinjya.com


www.youtube.com

 

来月(11月23日)には太刀八幡宮新嘗祭が予定されています。

よろしければご一緒に参拝してみませんか?

🙏

 

太刀八幡宮の祖宮 宇佐神宮

太刀八幡宮の案内看板には、次のように由緒が書かれています。

 

弘仁14年(823)、豊前国宇佐八幡宮の霊を移し、社殿を建て「太刀八幡宮」とした。

 

その大分県宇佐市に鎮座する宇佐八幡宮(以下宇佐神宮)を参拝して来ましたので、紹介させて頂きます。

www.usajinguu.com

 

全国に4万社あまりある八幡社の総本宮にふさわしい、とても広い敷地に、美しい木々、参道、社殿に圧倒されます。

うっそうと繁るイチイガシの杜は、国の史跡に指定されています。

 

大鳥居の美しさ

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由緒が簡潔に書かれています。
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一部引用します。

神代に比売大神(ひめおおかみ)が馬城の峰(大元山)に御降臨になった宇佐の地に、欽明天皇32年(571)に応神天皇の御神霊が初めて八幡大神としてあらわれ、宇佐の各地を御巡幸ののち、神亀2年(725)に亀山の一之御殿に御鎮座になりました。

また、天平5年(733)比売大神を二之御殿にお迎えし、のち弘仁14年(823)神託により神功皇后が三之御殿に御鎮祭されました。

 

太刀八幡宮の社殿が建てられたのも、弘仁14年です。

(昨年2023年、太刀八幡宮は1200年祭を執り行いました。)

 

上宮への参道です。
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特別参拝参入口

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左端の看板には、次のように書かれています。

「令和6年3月18日 例祭

天皇陛下

幣帛料 饌料 御下賜」

 

天皇家との繋がりを表しています。

 

拝殿全景です。

一之御殿は改修中
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一之御殿 拝殿  (応神天皇

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二之御殿 拝殿 (比売大神)
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三之御殿 拝殿 (神功皇后f:id:goodlightsato:20241002152622j:image

 

奥宮の遥拝所です。

奥に薄く見える山に大元神社があります。
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由緒に書かれていた、「神代に比売大神が御降臨」になった大元山です。

宇佐市のホームページには、大元神社の事が詳しく紹介されています。

www.city.usa.oita.jp

一部引用します。

御祭神は宇佐神宮の二之御殿に祀られる比売大神(三女神)。社殿は拝殿のみで、山自体が本殿となっており、三体の巨石が御神体として祀られる神霊が宿る山である。拝殿の前には鳥居があり、そこから先は禁足地で宇佐神宮「奥宮」としての霊地である。

いつか訪れみたいところです。

 

外宮の拝殿
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八坂神社
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案内看板を一部引用します。

明治維新までこの場所には弥勒寺という神宮寺が存在していました。弥勒寺金堂の御本尊は、延命長寿・病気平癒をもたらす薬師如来で、この八坂神社は弥勒寺の守護神として、寺院の脇にお祀りされました。

 

宇佐神宮ホームページより転載

宇佐神宮は「神仏習合」発祥の地とされており、日本で初めて仏様と神様が出会った場所と境内に案内看板がありました。

この八坂神社では、毎年2月鎮疫祭(ちんえきさい)という祭りがおこなわれていて、神職と僧侶が一緒になって祭りを執り行っています。

宇佐市のホームページに写真や動画もありますので、とても参考になります。

www.city.usa.oita.jp

 

絵馬殿に入ってみました。
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多少風雨にさらされて風化している感じがします。

 

祈願祭を申し込みました。

返礼品です。

お箸は、イチイガシかな?

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神恩感謝

朝倉から宇佐神宮に向かう途中、運転歴47年で初めての走行中のパンクを経験しました。

急にガタガタし始めたので、道路が悪いのかと思いましたが、車を止めて確認すると、後ろの左のタイヤ🛞がパンクしていました。後で聞いたのですが、後ろのタイヤだったからハンドルを取られることも無かったということです。

JAFに連絡してロードサービスが到着すると、タイヤが裂けているから、パンク修理は出来ないので、タイヤ交換が必要とのこと。

平行して、JAF経由でディーラーのロードサービスさんから電話があり、色々対策を検討していただきました。

その結果、車はJAFさんが朝倉市のディーラーまで運んでくれる事になったのですが、あいにく当日はディーラーが休みなので、翌日運搬してくれることになりました。

旅行を続けるために、レンタカーを探してくれたのですが、提携しているレンタカー会社は空きの車が無いとのこと。

そうすると、JAFの運転手さんが宇佐が地元だからといって宇佐市のレンタカー屋さんを教えてくれたおかげで、レンタカーを借りる事が出来ました。そしてなんとレンタカー屋さんまで送ってくれました。私とカミさんは助手席に、パンクした車は荷台に乗って宇佐までのドライブです。道中も運転手さんと私が同学年であることや、子供も同じ年で色々楽しく子育ての話が出来、とても楽しい時間を過ごすことが出来ました。

そして、無事にずいぶん遅くなりましたが宇佐神宮を参拝することが出来、翌日は予定通りの旅行を楽しむことが出来ました。

 

今回思わぬアクシデントに会いましたが、JAFの方やディーラーのロードサービスの方にとても親切に対応していただき、本当に感謝🙏しました。

 

会員になっていたおかげで、ほとんどお金を手出しすることもありませんでした。

 

私も何か困っている人に出会った時は、自分に出来る限りのことはさせて頂き、助けあっていきたいと思います。

 

今回の出来事も、神様のお助けがあったからだと感じています。

パンクというアクシデントに対して、「何でこんなことが起こるんだ。」とマイナスの感情を持つことより、起こった対して、自分ができることを行い、出会った人の親切を素直に受けて感謝をすることの大切さを感じました。

 

これからも自然災害など防ぎようの無い出来事も起こるでしょうが、そういう時も助け合い支え合って生きていきたいと感じました。

 

大難を小難に

互いに助け合うこと

 

を神様から学んだ旅行となりました。

 

太刀八幡宮総代会の参拝

私が総代をしていた時は、コロナ禍ということもあり、3年に一度の総代会としての宇佐神宮参拝は、希望者だけとなり、結果的には内藤宮司さんと総代会長はじめ役員のみの参拝となりました。

次回は令和7年3月が参拝予定だと思いますが、このブログを読まれた総代さんには、是非参加されることをお勧めします。

聞いた話ですが、神様からの特別なプレセント🧧があると思います。