奉納 大福村小塚
大正8年(1919)3月28日吉日
星野 西 師岡 矢野 高橋 他の名前が読み取れます。
絵馬師の名前 □嶺画㊞
初めて拝殿の絵馬達を見たとき、この絵馬にもっとも惹かれました。こんなにエロチックな絵馬があるなんて。
おっぱいをさらけ出して踊る姿から、天の岩戸神話に出てくるアメノウズメの踊りを想像しましたが、アマテラス様がいないので違う神話です。
鶴田多々穂さんは、この絵馬の解説を次のように記しています
戦士の神、太刀八幡宮にこの様なユーモアな絵馬があろうとは想像もしなかった。
大正8年3月28日大福村小塚の参宮同行の人々が奉納したものであるが、岩戸神楽の図と思う。
天のウズメの命が大きな乳房を出して踊っている。左側の老人は、木に止まって驚いている。
女性ヌードの始まりというべきであろう。
それにしても、このおっぱいに込めた祈りは何だったのでしょうか?
神話のカリカチュア(風刺画)
筑紫路の絵馬 (市場直次郎著 昭和49年4月発行 ㈶西日本文化協会)という本があります。その中に、神話のカリカチュアと題して、阿蘇神社(福岡県朝倉郡杷木町:現朝倉市杷木町)の絵馬が白黒写真付きで紹介されていました。
なんと、太刀八幡宮の絵馬とそっくりではありませんか。
阿蘇神社の絵馬は、安政6年(1859)、太刀八幡宮の絵馬より60年前に奉納されています。
下の写真は、令和5年3月4日 戸締りされている拝殿の中に掲げられている絵馬を、格子の隙間からスマホで撮影したものです。肉眼で覗いても、暗くて何が掲げられているのか分からなかったのですが、今のスマホは性能が良くて、よく映っています。
そして、この絵馬を、市場直次郎さんは非常に分かりやすく、名文で解説しています。
長文になりますが、感謝して引用させていただきます。
この愉快な絵馬は、筑前・筑後・豊後の国境に近い杷木町穂坂の、筑後川に臨む丘上にある阿蘇神社の拝殿にかかる。この縦横各1.3メートル余の大絵馬は、安政6年(1859)の初春に小林直七以下7人の連名で奉納したもの。画家の署名はないが、印文に華仙とある。図は三人立ちの人物像で、左側のいかめしい赤ら顔、偉大な天狗鼻の大男はサルタビコ(猿田毘古)の神というちまたの神だから、国境の道筋に鎮座する神社にふさわしい絵ともいえるのだが、この絵にはそれよりももっと重要な意味がありそうである。
三人の人物のうち、大男のサルタビコに相対するお多福顔、小柄な肥り肉(じし)の女性は、これも有名なアメノウズメ(天宇受売)の神。彼女はあられもなく胸かきひろげて、おそろしく豊満な乳房をつき出し、裾まくりあげて赤い下裳(したも)もあらわに、これ見よがしの態(てい)たらく。サルタビコはと見れば、目尻をさげ、舌なめずりしながら身も心も女神の虜(とりこ)になったかの有様。女神のうしろに控える髭男は、腰に長剣を横たえながら、御幣と鈴とを持って笑いながら声援の様子。これはニニギノミコト(邇々芸命)に従う武神のひとりか。
天孫ニニギノミコトが高天原(たかまがはら)からくだろうとするとき、道のやちまた(分かれ道)にものすごく光り輝く神がいたので、天(あま)つ神の命を受けたアメノウズメが出かけて談判する。アメノウズメは神々から『汝は手弱女(たをやめ)にはあれども、いむかふ神と面(おも)勝つ神(相対する神に向かって気おくれせぬ神だ)』と評されたほどの外交手腕の持ちぬし。そこで、相手はいたって素直に、天孫の先導をしようと思って出ているのだとの答え。かくて、いかめしいサルタビコが忠実な案内役となって、天孫の一行は無事に筑紫(つくし)の日向(ひむか)にくだられることになる、というのである。
この絵馬の筆者は、こんな厳粛な神話を戯画化して、天狗鼻の男神に半裸の女神を対立させ、脇役に声援の武神を配して、さながら里神楽(さとかぐら)の舞台の雰囲気を表現したので、まずは江戸末期の画家による漫画のはしりともいうべき作品である。じつは、本図のような鼻高面の男神役とお多福面の女神役が登場して性的なしぐさを演ずることは、地方の神楽や田楽などの民族芸能の伝統であり、現にこのウズメの、目鼻がひとところに寄った特異な面相はたしかに神楽の土俗面に根拠をもとめることができる。このようなサルタビコとアメノウズメのわざおぎ(伎芸)には、これによって稲霊を刺激して豊産を招く呪術としての性格があって、ただに観客を笑いに誘うというだけの笑劇ではないのである。この絵の筆者もまたこうした伝統に立って、神話に取材しながらも、絵馬奉納主の農民たちの豊作祈願の意を表現したのであろう。
この素晴らしい解説のお陰で、この絵馬は、天孫降臨の時の、サルタヒコとアメノウズメの出会いの場面だというころが分かりました。
そして、この場面はただおっぱいを出したヌード絵ではなく、稲霊を刺激して豊産を招く呪術としての性格を持ち、絵馬奉納主の農民たちの豊作祈願の意を表現したものだと理解できました。
神社ソムリエのあやかりチャンネルさんが、天孫降臨の状況を分かりやすくユーチューブで配信しています。
猿田彦とアメノウズメは後に結婚したのですね。
その運命的な出会いの場面が、この絵馬に描かれていたのです。
伊勢国一の宮 猿田彦大本宮 椿大神社が、三重県鈴鹿にあります。
全国でお祀りする猿田彦大神の総本宮として信仰されているとともに、猿田彦大神をはじめ、妻神・天之鈿女命様など古来からの神々をお祀りしています。
椿大神社のホームページの画像と、絵馬に描かれたものには、少し差があるような気がしますが、ユーモアいっぱいの絵馬の場面も素敵ですよね。
猿田彦のご神徳
ホームページを一部引用します
猿田彦大神は、天照大神との幽契により、天孫を先達啓行、皇大神宮の永久御鎮座の大宮所をもお定めになられたことから、地上に生きとし生けるものの平安と幸福を招く「みちびきの祖神さま」と崇敬されています。
アメノウズメのご神徳
ホームページを一部引用します
天之鈿女命は、「鎮魂の神」「芸能の祖神」として、俳優(わざおぎ)芸事をはじめ、あらゆる芸道の向上、また、 縁結び・夫婦円満の守護に霊験あらたかとして、古来より信仰されています。
猿田彦神の石碑
私の住んでいる地区には、猿田彦神の石碑があります。
車で走っていても、あちこちで見ることが出来ますよね。
天孫降臨の時、道案内役を務めたことから、導きの神として祀られています。
20年以上前までは、2か月に一度この石碑の前でお祭りがあり、お団子を配っていたと村の人達から伺いました。
私と妻は、前を通る度に、ご挨拶をさせて頂いています。
これからも、人生の道案内をお願いします。