私が住んでいる地域には、小さな祠がいくつかあります。
その一つである天神様の祠が、宮終いとなりました。
空になった祠

恵蘇八幡宮の上原宮司さんが、宮終いの儀を執り行ってくださいました。
私はたまたま通りかかっただけなのですが、白い布に巻かれた天神様の坐像を丁寧に扱われていたところでした。
いつもお世話していた方が年配になり、今後の管理の事を考えての決断だろうと推測します。
私は他所からの移住者なので、長く親しんだ天神様ではありませんが、前を通りかかった時にはいつもご挨拶をしていたので、少し寂しい気持ちもありますが、今日まで大切にお世話をしていただいた方に深く感謝しています。
南淋寺住職の話
先日「南淋寺と朝倉」という講演を聞きました。
楽しいお話をたくさん聞かせて頂いたのですが、その中に「弘法大師の祠」の話がありました。
ある村の方が、お世話をする人がいなくなったので弘法大師の祠を南淋寺さんに引き取って欲しいと相談に来たとのことです。
そこで住職は、何故 弘法大師が村々に祀られているのかご存知ですか?とその由縁を説明したそうです。
弘法大師様は
〇水害から村をお守りする
〇そして疫病から村人をお守りする
という功徳により、村々にお祀りされているのですよ。
住職の話を聞いて、その後どう対処されたかは分かりませんが、今では多くの祠が建立された経緯を分からずにいる所が多いのでは無いでしょうか?
住職は次のようにおっしゃっていました。
お地蔵さんがお祀りされていいる所では、子供達がよく遊んでいませんでしたか?
子供達を見守っているんですよ。
虚空蔵菩薩さんは、子供達に知恵を授けて下さっている。
こういう功徳を知って、子供達に伝えて欲しい。
農耕の神様
この話を聞いて、天神様は学問の神様であると共に農耕の神様であることを思い出しました。
朝倉町史には、天満宮・天神社は「農耕守護神と祀られた」と記載されています。
美奈宜神社(内藤宮司さんの本務社)のホームページの中に、12月のお便りとして地域の天神様という記事が載っています。
一部引用します。
ご祭神の天神様は雨を降らす雷を農耕の神様として古代より信仰されていました。雷は雨に田んぼと書きます。雷は字の由来の通り、雨を降らし、豊かな米作りができる象徴です。雷がもたらす自然の恵みを天神様として古来より信仰し、令和の現在でも変わらず感謝し続けているのです。
天神様が、古代から農耕の神として、この朝倉の地にも祀られていることが分かりました。
私の村には
阿弥陀堂(講の方々がお祀り)
弘法大師祠
恵比寿様
猿田彦様
が祀られています。
時代の変化の中、信仰の在り方も変わってきています。
こういう信仰があったということを、ブログに取り上げ、デジタル空間に残しておきたいと思っています。
🙏