氏神様は太刀八幡宮

1200年の歴史を紐ときます

太刀八幡宮のご神水

お父さん 水の出が悪いよー

 

台所の蛇口🚰の水がちょろちょろ

 

井戸ポンプを見ると、回っていない。

 

操作パネルの運転圧力を、標準モードから高モードに切り替えたら、とりあえず回ってくれた。

 

色々、インターネットで症状を調べていると、圧力センサーという部品が劣化しているのではないかと感じた。

 

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購入して、7年。取り換えにはまだ早いだろう。

 

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圧力センサー 10センチ足らずの部品です。

 

圧力センサーの中に、ゴミが溜まったのかもしれないと思い、取り外して清掃をしてみた。

 

数日経つと、またカミさんが

 

お父さん また水の出が悪いよー

 

井戸ポンプに走り、圧力スイッチの感度調整を回したり、叩いたり、取り外しとかしていると、ポンプが動きだす。

 

間違いない。

圧力センサーの異常だ。

 

㈱浦設備工業さんに、電話をすると

「取り寄せになります。」

とのこと。

部品の注文をお願いして、それからが大変。

 

自動では、井戸ポンプが回らなくなってきた。

 

あれこれ、圧力センサーを触っていたら、中のリングをスライドさせると、手動で運転・停止が出来ることが分かった。

 

私は会社員なので、朝起きたら、手動で井戸ポンプを回し、

 

・洗濯の開始 🧺

・トイレの水の確保 🚽

・飲料水の確保 🚰

 

をした上で、井戸ポンプを停止してから、出勤することになった。

 

インターネットの「水のトラブルおまかせ下さい」というところに、電話をしてみたら、

「その症状では、圧力スイッチを交換するのに、5万円かかるから、井戸ポンプの交換をした方が良い。」

と、即座に井戸ポンプ交換を勧められた。

インターネットのホームページ上では、とても親切な会社に思えたが、電話の応答で、そうでは無いのを感じ取り、すぐに、電話を切った。☎️

 

 

とうとう手動では、まったく動かなくなった。

 

トイレの水は、お風呂に貯めてあるから大丈夫。

洗濯は、コインランドリーもある。

飲み水・料理の水が少なくなってきた。

ペットボトルの水を買えば良いんだけど、ここで思い出した。

 

太刀八幡宮の長老の言葉を 👨‍🦳

 

太刀八幡宮のご神水

 

この数日前、太刀八幡宮で長老が

「太刀八幡宮の井戸を掘った業者が、とても良い水が出てると言っていた。」

と教えてくれたのでした。

 

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飲み水・料理の水は、太刀八幡宮の手水舎の水を、毎朝の散歩の時に、ペットボトルで頂くことにしました。

 

まさに、私達にとって、神水💦です。

神様方、ありがとうございます。

 

 

「圧力センサーが入りました」

 

と連絡が入り、会社を早退して、浦設備工業さんに駆け付けます。

 

代金は、5,000円程です。(安くて有り難い)

 

家に帰っていざ交換。

あれ、動かない😫

 

浦設備工業さんに電話したら、駆けつけてくれて、リセットボタン🔘を押したら、順調に井戸ポンプが動き出しました。

圧力センサーを分解清掃した時に、リセットボタンを押さないと回らないのは、分かっていたけど、舞い上がって忘れていました。

 

丁重にお礼を言って、作業車を見送りました。

🙏

近くに良い会社があって助かります。

 

ありがとうございました。

 

能登半島地震の被災者を思う

 

私の実家は、石川県金沢市です。

4月に実家で新聞を見ると、復興にはまだまだ時間がかかるという報道で一杯です。

 

姪っ子の知人は、「水が復旧しないことに、心が折れると言っていたそうです。

 

我が家は、5日の断水騒動(完全断水は1日)で復旧しましたが、その時は飛び上がって喜びました。

普段、当たり前にあるものの大切さは、無くしてみないと分からないというのは、このことです。

 

能登では、何ヶ月も断水しているところもあります。

 

朝倉でも、今後どのような災害が訪れるかわかりませんが、水の確保は最重要課題です。

 

このブログをご覧になった方々やご家族にとって、この太刀八幡宮のご神水が、いつか役立つ時があれば幸いです。

 

🙏

 

 

 

 

 

 

 

 

太刀八幡宮の祭神 宗像三女神

 太刀八幡宮の祭神である宗像三女神を祀る宗像大社に行って来ました。

天照大神の三女神である宗像三女神は、神話に出てくる古い神様方です。

太刀八幡宮境内の案内看板

 

 

宗像大社 辺津宮(へつぐう)駐車場から鳥居を眺める。

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鳥居では、

朝倉市大庭○○から来ました「誰それ」です。今日は、お導きを頂きありがとうございます。お参りさせて頂きます。』

と、心で挨拶してから、くぐりました。

 

鳥居を抜けると、池に鯉がいっぱいです。

カミさんは、さっそく鯉のエサを買って、ばら撒き始めました。

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大きい鯉がいっぱいです。

小さな鯉も、エサを求めて、躍動していました。

 

 

りっぱな手水舎です。
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岩から水が沸いている造りです。
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神門です。

狛犬が出迎えます。

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本殿に向かうと、ちょうどボランティアガイドの方が、本殿・拝殿の説明をしているところでした。
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もう一人のガイドさんが「どうぞ」と手招きをして下さったので、この後もガイドさんの案内を聞きながら、境内を散策することになりました。

 

本殿・拝殿の説明では、屋根の美しさを強調されていました。

杮(こけら)葺という屋根の仕組みや「こけら

おとし」という言葉の意味は、屋根の完成時にこの残ったこけらを落とすことから来ているとのことでした。

 

 

本殿・境内社の説明の後向かったのは、高宮祭場です。

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高宮祭場は、お社の無い神殿です。

写真奥に写っている「ひもろぎ」という木🌲に神事の時、神さまがご降臨されると説明されていました。

弥生時代の祭祀に使われたと思われる土器がたくさん発掘されたとのこと。

約2千年前には、祭祀をしていた証拠です。

 

世界遺産登録の時、諮問委員会が判断の重要なポイントになったのがこの高宮祭場で、古代の祭祀場は世界にたくさんあるが、古代から現在にわたり、祭祀場として使われているのは、非常に珍しいとのことでした。

 

ボランティアガイドさんは、10月3日に開催される高宮祭場で開催される神事を見ることを、おすすめしていました。神楽もあるようです。

 

次に訪れたのは、第二宮(ていにぐう)、第三宮(ていさんぐう)です。

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第二宮 正面写真
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沖ノ島 沖津宮田心姫神(たごりひめのかみ)が祀られています。

 

第三宮 側面写真
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大島 中津宮湍津姫神(たぎつひめかみ)が祀られています。

 

ボランティアガイドさんが、この立派な神殿は、伊勢神宮式年遷宮の際、伊弉諾の宮・伊邪那美の宮がそっくりそのまま、鳥居も含めて移されたとのことです。伊勢では、萱葺きの屋根でしたが、耐久性を高めるため、銅板で覆われています。

 

通常、式年遷宮の時、解体された材料の一部、例えば床板の一部が全国の神社に払い下げされるようですが、このように神殿丸ごと移されるのは、非常に珍しく、伊勢神宮宗像大社との深い繋がりを意味しています。

宗像大社を裏伊勢と呼ぶこともあるとのこと。

 

質問者さんから、答える形でボランティアガイドさんが説明していましたが、宗像三女神は誰が長女かというのも、文献によって違うとのこと。

そして、現在は、辺津宮には、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)が祀られていますが、これも時代によって別の三女神が祀られていたこともあったようです。

 

ボランティアガイドさんの説明は、ここで終わりましたが、後で調べると、2時間2千円でガイドしており、色々コースがあるようです。私達夫婦は、別のグループが頼んだガイドさんの説明を聞く機会に恵まれたということです。神さまからのプレゼントを頂いたと感謝しています。

 

辺津宮の拝殿です。

ここが第一宮になります。


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とてもシンプルな拝殿ですね。

飾られている額は、36歌仙でしょうか。

とても美しい状態ですね。

 

太刀八幡宮の拝殿外側にも、かってはこのように、飾ってあったのでしょうね。

 

今日は、カミさんが宗像大社に到着するなり、「祈願を受けてみようか」と言いました。

真新しい祈願殿に向かい、受付をして待合室で待機します。

待合室も綺麗で、宗像世界遺産紹介のビデオが放映されています。

祈願殿の中もとてもシンプルな美しさがあります。

祈願の返礼品です。

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初穂料は、5千円でした。

 

本殿から、高宮斎場へ向かう参道ですが、参道横の森がスッキリしているんですね。
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太刀八幡宮の鎮守の森の今後を考えるのに、参考になりそうです。

 

何度か訪れた宗像大社ですが、今回はボランティアガイドさんの説明を聞いたり、祈願を受けたりと、今までにない経験をして、とても充実した時間を過ごしました。

 

宗像三女神さん、ありがとうございました。

🙏

 

太刀八幡宮 古賀百工さんの功績

令和6年6月17日(月)、山田堰の堀川の通水式が行われ、三連水車が回り始めるというニュースがながれました。

 

news.yahoo.co.jp

 

 

前回、「恵蘇八幡宮に祀られている太刀八幡大神」というブログを公開したこともあり、多くの先人達が山田堰そして堀川を改修して頂いたお陰様で、朝倉地区の農業用水が確保されていることに、感動と感謝の気持ちが沸き上がります。

 

今回は、この太刀八幡宮のひざ元の徳次で生まれ育ち、後に堀川の恩人と呼ばれた「古賀百工」さんのことを紹介します。

 

古賀百工さんについては、以前のブログ「子持鳥居」で少し触れています。

太刀八幡宮のシンボルともいうべき「子持鳥居」は、古賀百工さんを含めた当時の庄屋さん達が寄進したことを紹介しました。

 

goodlightsato.com

 

 

 

朝倉市のホームページには、堀川の恩人として、とても分かりやすく紹介しています。

 

www.city.asakura.lg.jp

 

古賀百工とインターネットで検索すれば、たくさんの情報を得ることが出来ますが、今回は私がとっても分かりやすいなーと思ったユーチューブを紹介します。

 

 

8年前のユーチューブですが、始まりから12分程までをご覧いただくと、百工さんのことを知ることが出来ます。

 

 


www.youtube.com

 

このユーチューブの中で、朝倉の歴史に詳しい山崎長太郎さんという方が、百工さんのことを語っていますが、最後の方で次のようにおっしゃっています。

 

「百工さんのことを話すると、年寄りの人が、「そげな人がおったとな」と言われる。

百工さんのことが、あまり知られとらん。」

 

私も先日、村の懇親会で、お隣の人に古賀百工さんの話をしたら、「それって誰?」

と言われて、私の方がびっくりしました。

 

私は、外から引越してきた人間なので、古賀百工さんのことは、全く知りませんでしたが、子供が大福小学校4年の時に、山田堰に見学に行ったり、三連水車や堀川のことを学んだ上で、古賀百工さんの劇を発表しました。

その劇を小学校で見たので、古賀百工さんのことを知ったのですが、この朝倉で育った方々は、必ず古賀百工さんのことを学び、知っているもの思っていました。

 

 

もう一つのユーチューブは、山田堰から堀川全線を分かりやすく紹介したものです。

始まりから13分程です。


www.youtube.com

 

何かほのぼのとしたチャンネルですが、みなさんどう感じられましたが?

 

私は、今日も田植えの始まった田園風景を散歩しながら、現在当たり前に引かれている田への水は、先人たちの並々ならぬ努力のお陰であるのだと思うと、本当にありがたいと思いましたし、何もこの水だけでなく、今生活で当たり前にあると思っているものも、すべてが多くの方々のお陰だということに気づけて、良かったと思ったのでした。

 

このブログを公開するために、百工さんのお墓に手を合わせて来ました。

りっぱな案内看板もあり、とても綺麗に整備されていました。

気づきをありがとうございました。

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恵蘇八幡宮に祀られている太刀八幡大神 その2

前回のブログの続きです。

oodlightsato.com

 

碑石に刻まれた文字は、

 

天文十七年 戊申 三月十五日

太刀八幡大神

肥後八代城主

山本大納言?

 

でした。

それに対して、疑問が残りました。

 

肥後八代城主

山本大納言?

とは、どなたでしょうか。

ひごやつしろじょうしゅでしょうか?

ひごはちだいじょうしゅでしょうか?

何故肥後(熊本)なのでしょうか?

 

いつか、謎が解けるでしょう。

 

と前回は終わったのですが、とても気になり、この碑石を工事で掘り出した山田堰土地改良区に問い合わせをしてみました。

 

残念ですが、山田堰土地改良区の方は、知りませんでしたが、恵蘇八幡宮宮司さんに聞くと良いと教えて頂きました。

 

それで、恵蘇八幡宮の上原宮司さんにさっそく電話をして、この碑石の事をお聞きしました。

 

この碑石は、父た宮司時代に発掘されたもので、父が話していたこととして、次のように教えて下さいました。

 

この碑石は、山田堰のために埋められたものではなく、たぶん上流から流れついたものではないか。

 

太刀八幡大神は、武運の神様だから、上流のどこかに祀られていた碑石が、大雨で流れついて、山田堰までたどりついたのではないか。

 

上流で、肥後というと、阿蘇が考えられるが、定かではない。

 

私は、前回のブログで、

 

碑石に彫られている天文(てんぶん)十七年 戊申(つちのえさる) 三月十五日は、1548年 今から476年前です。

 

つまり、この最初に堀川ができた115年前に、この碑石が川底に奉納されたことになります。

堀川の最初の工事が、無事に成功するように、関係者が奉納したことは容易に想像出来ます。

 

と書きましたが、肥後の城主が山田堰の安全祈願をするとは思えませんよね。

福岡藩の仕事ですからね。

 

仮に、太刀八幡大神が肥後の国で祀られていたとすると、これまた武士の神様・武運の神様として、崇められいたということでしょうか?

 

謎解きというのは、楽しいですね。

 

脳トレには、最適です。

 

上原宮司さんも、何か分かったら私にお知らせしてくれると、おっしゃって頂きました。

 

この謎解きは、さらに続くでしょう。

恵蘇八幡宮に祀られている太刀八幡大神

恵蘇八幡宮は、朝倉市山田にある神社で、朝倉地域の総社と言われています。

 

我が家の神棚には、お伊勢さんの天照皇大神宮、太刀八幡宮そして恵蘇八幡宮のお札が並んでいます。

 

 

eso8man.com

 

この恵蘇八幡宮の境内の東側に、境内社として太刀八幡大神が祀られています。

背景には、山田堰の水神社が写っています。

 

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最上部石碑には、

 

天文十七年 戊申 三月十五日

太刀八幡大神

肥後八代城主

山本大納言?

 

と彫られています。

 

その下の台座の碑文です。

 

此の碑石は 昭和

五十六一月 山田堰

改修工事中 堰の

上流右岸 七米の

水底より発掘す

よって此の地に祀る

 

昭和56年は、1981年。今から43年前です。

山田堰の改修工事中に、太刀八幡大神と刻まれた碑石が、川底より出てきたのですから、工事関係者も含めて当時大きなニュースとして取り上げられたのではないでしょうか?(残念ながら、今のところ見つかりません)

 

 

山田堰

 

 

朝倉市のホームページには、山田堰の概要を簡潔に紹介していますので、是非ご覧ください。

www.city.asakura.lg.jpp

 

一部引用します。

 

山田堰は、江戸時代に干ばつで苦しむ農民たちを救うため筑後川右岸の耕地を水田化するために設けられた井堰です。

 

先人の知恵と技術の結晶であり、朝倉市の輝かしい文化です。2014年には、「世界かんがい施設遺産」に登録されました。

 

2019年12月に亡くなった中村哲医師は2010年に山田堰をモデルとした取水堰をアフガニスタンに築造しました。

 

また、農林水産省のホームページでは、

日本で唯一の石張堰である山田堰

と紹介しています。

www.maff.go.jp

 

 

碑石が埋められた背景

 

碑石に彫られている天文(てんぶん)十七年 戊申(つちのえさる) 三月十五日は、1548年 今から476年前です。

 

次の写真は、水神社境内に掲げられて「江戸時代の堀川関係年表」です。

 

 

始まりが

1663年 寛文3年 堀川できる

となっています。

 

つまり、この最初に堀川ができた115年前に、この碑石が川底に奉納されたことになります。

 

堀川の最初の工事が、無事に成功するように、関係者が奉納したことは容易に想像出来ます。

干ばつで苦しむ農民を助けるために残された道は、この筑後川の水を引くことなしにはあり得なかったのでしょうね。

 

今でいう工事の安全祈願祭として、この太刀八幡大神の碑石を安置したというのは、太刀八幡大神に寄せる期待の大きさというか、太刀八幡大神の力添えなくして、この事業が成功しないということを表していますね。

 

この碑石を奉納した

肥後八代城主

山本大納言?

とは、どなたでしょうか。

ひごやつしろじょうしゅでしょうか?

ひごはちだいじょうしゅでしょうか?

 

残念ながら、私のインターネット検索能力では、探しきれませんでした。

 

そもそも何故、肥後なのでしょうか。

 

肥後と言えば、童謡ではありませんが、熊本県ですよね。

 

国土交通省筑後川河川事務所のホームページには、次のように記載されています。一部引用します。

 

www.qsr.mlit.go.jp

 

万治のはじめ(1658年頃)、現在の山田堰のかんがい地区である朝倉町および甘木市の一部においては、すでに地区内を流れる谷川の水を利用し、少面積ではあったが、稲を栽培していた。

その後、年貢の増徴等が続き、年貢を確保するには新田開墾という気運が高まり、また福岡藩においても藩の施策として取り上げ、新田開墾に重要な用水源を筑後川に求めることとし、堀川用水新設の企画がなされた。

 

つまりこの事業は、福岡藩の施策とあります。

ただ、碑石はこの「万治のはじめ」の約100年前のものですからね。

 

山本大納言?とはどなたでしょうか。

 

このはいつか解けると信じましょう。

 

それにしても、476年前に祈念して納められた太刀八幡大神の碑石が物語るのは、その後何度も改修したとはいえ、日本で唯一の石張堰として現在も活用され、「世界かんがい施設遺産」に登録され、そしてその技術は中村哲さんの手によりアフガニスタンの農地開拓に活かされているなんて、すごいつながりですよね。

 

当初の奉納者の想像を超えた神計らいがなされ、現在の世に活用され、今後も大切に地元の人達に手によって引き継がれていきます。

 

 

 

 

 

太刀八幡宮 車のお祓い

私事ではございますが、太刀八幡宮交通安全祈願と車のお祓いをして頂きました。

 

太刀八幡宮には、宮司さんは常駐していませんが、内藤宮司さんに相談したところ、

「良いですよ。太刀八幡宮に来ますよ。せっかくだから、本殿の中で祈願をしましょう。」

とおっしゃって下さいました。

 

準備する物をお伺いすると

「せっかくなので、お酒、米、塩を準備して下さい。」

とのことでした。

 

拝殿、本殿への扉の鍵を、総代会長さんにお借りして、中の掃除🧹が終わった頃に、内藤宮司さんが到着されました。

 

お酒、米、塩をお供えして、神事が始まります。

 

私達夫婦は、椅子に座り、

 

祝詞奏上

・私達へのお祓い

玉串奉奠(たまぐしほうてん)

 

 

と神事が進みます。

 

最後に、車を一周して、お祓いをして頂きました。

 

初穂料は、内藤宮司さんの本務社である美奈宜神社と同じ、5千円で良いとの事で、特に出張費はいらないとのことでした。

 

毎朝、太刀八幡宮にお参りしていることから、新しい家族である車のお祓いは、この場所でしたいという願いが叶い、私達は大満足です。

 

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ちなみに、新しい家族は、ホンダの車で、太刀八幡宮の祭神の1柱である、応神天皇こと「ほんだわけのみこと」と縁があると思って喜んでいます。😊

 

宇佐神宮ホームページより引用

 

皆様方も、色々な祈願を太刀八幡宮で行ってみてはいかがでしょうか。🙏

 

令和6年 太刀八幡宮 春の例大祭

今日は、令和6年3月25日。

 

小雨降る中、春の例大祭が開催されました。

境内の桜🌸も、少しほころび、大祭をお祝いしています。

 

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内藤主税 宮司さんがおっしゃっていますが、春の例大祭は、正式には祈年祭といいます。

農耕の初めのお祭りであり、夏祭り・秋祭り・新嘗祭と続きますと挨拶されていました。

 

伊勢神宮のホームページには、次のように書かれています。

www.isejingu.or.jp

日本書紀』に天照大御神斎庭の稲穂を天孫瓊瓊杵尊に授けられたことが記され、そこに日本の始まりが位置づけられることは大きな意味を持ちます。春に豊作を祈り、秋の収穫に感謝する稲作を中心とした営みを、日本人は2000年以上繰り返して来ました。天皇陛下から国民に至るまで神を祀ることは日本の大切な文化です。

 

私は太刀八幡宮のブログを書きながら、この「日本の文化」ということに心が向かうのです。

私の目には見えない神様を、信じる信じないということではなく、日本人として培ってきた生活様式を生活の基盤としていることが、生きる上で大切なのかなと思うんですね。

朝起きたら、家族に「おはようございます」と挨拶をする。

近所の人に会ったら、挨拶をする。

このことと同じように、「祈年祭には豊作を祈る」ことも、生活様式・文化なのだろうと思うのです。

 

私は農家ではありませんが、豊作なくして私の繁栄もありませんので、これからもこのお祭りを大切にしたいと思います。

 

ウキペディア祈年祭には、次のように書かれています。

ja.wikipedia.org

 

本来は民衆が行う田の神への予祝祭であったが、中国の大祀祈殻の要素を取り入れ、律令国家祭祀として成立した。

 

予祝祭とは、あらかじめ祝うことで、今年の豊作をイメージしてお祝いのお祭りをするという文化を何千年も続けて来たのですね。

 

私も、今日は個人的な願い🤲も、予祝祭としてお祈りしたいと思います。

 

それでは、本日行われた、祈年祭の動画をご覧頂き、ご一緒に参拝していただけるとありがたいです。🙏 

皆様にとっても、素晴らしい秋の収穫を得る祈年の一日になりますように。

 


www.youtube.com