氏神様は太刀八幡宮

1200年の歴史を紐ときます

太刀八幡宮の神はからい

ブログを始めたきっかけ

 

令和4年(2022年)6月に最初のブログを公開しました。いつのまにか2年5か月が経とうとしています。

そして、多くの方々にブログを読んで頂いて感謝しています。

 

私たち家族がこの町に引っ越して来たのは、平成21年(2009年)12月でした。やがて15年になります。🏠

私の出身地は石川県金沢市であり、妻は静岡県です。私たちにとってこの町は、引っ越して来るまで縁もゆかりもない土地でした。

 

太刀八幡宮との縁が出来たのは、地区の太刀八幡宮総代のお役を頂いたからです。

令和元年度から令和3年度までの3年間を総代として務めました。加えて太刀八幡宮1200年祭建設委員というお役を、令和元年度から令和5年度の5年間、総代と兼務する形で務めることになりました。

 

大絵馬を見た感動

 

最初の例大祭に参加した時、拝殿の中に飾られている大絵馬に圧倒されました。数々の大絵馬が所狭しと並び、それに見入っていたことを思い出します。

武士の絵馬に並び突然おっぱいをあらわにした絵馬もあり、いつまでも眺めていたい衝動に駆られていました。

毎回例大祭に参加するごとに、絵馬を見上げては楽しい時間を過ごしていました。

そして、総代の新年会の時、鶴田多々穂さんがまとめた絵馬の資料を見ることが出来、絵馬の歴史や内容を知ることになります。

 

太刀八幡宮1200年祭に向けて(令和5年10月秋)

 

太刀八幡宮1200年祭建設委員というのは、本殿屋根の改修等の建設費(1500万円)を集めるのが重な仕事となっています。

 

私は、色々な神社のホームページを見ると「〇〇改修事業 御奉賛のお願い」といった寄付の案内があるように、太刀八幡宮のホームページを作成して寄付を募ることを、建設委員会会長に提案しました。

 

太刀八幡宮の由緒や絵馬などをホームページで紹介すれば、氏子にとっても参考になるし、いくらかでも寄付が集まれば良いのではないかと思ったのです。そしてそのホームページの作成には私も喜んで協力することを伝えたのです。

 

しかし、「ホームページを作成するにはお金がかかるので無理です。」という建設委員会の判断でした。

 

個人としてブログを作成

 

ちょうどその頃、「勉強(インプット)した事は、どんな方法でもいいから人に教えたりして(アウトプット)すると良いよ」という本を読み、それにはブログが最適だと書かれていました。

だったら、私が神社の由緒や絵馬などのことを調べて、ブログで発信してみようかと思い立ったのです。

ブログの立ち上げ方から勉強し、平行して神社のこと(主祭神の事・大絵馬・境内社など)を色々調べては、ブログに書き込んでいった次第です。

個人のブログなので、気楽に書けるのが良かったと思っています。

 

毎日の参拝

 

我が家には、柴犬🦮が2匹(オス9歳・メス8歳)います。

毎朝の散歩は、最初の頃は自宅の半径2キロぐらいは、道を覚えたほうが良いとのことで、あちこち歩きまわっていました。そのうち荷原川の川沿いは、魚もいるし鳥も飛んでいて気持ちがいいので、普段の散歩コースになりました。

ところが、平成29年7月の九州北部豪雨の後、荷原川の改修工事が始まりました。毎日の散歩コースを歩くことが出来なくなりました。

そうして新たな散歩コースとなったのが、太刀八幡宮でした。

サラリーマンですから、出勤時間前に散歩を済ませます。

大雨など特別な日を除き、毎朝神社に参拝することになりました。おかげで、季節の移り変わりを肌で感じます。冬は暗い中参拝しますが、フクロウの声が出迎えてくれたときは感動しました。雪の田んぼを駆け回るキツネも美しかったです。

今は河川改修工事も終わったので、一日おきに太刀八幡宮と荷原川沿いの散歩コースを楽しんでいます。

 

ブログを公開しながらの学び

 

最初はおっかなびっくりしながら、ブログを書いていました。今でもそうですが、文章を書く事が無かったため、すぐに言葉に詰まってしまいす。

資料調べのためホームページを検索すると、そこに書かれている美しい文章に感動しながら、引用させていただきました。

図書館の資料やホームページ、時にはあちこち出かけながら、私自身とても楽しくブログを作成してきました。

振り返ると、良くここまで書いて来たなぁーと感動します。

 

神功皇后が太刀を納めたのが、西暦201年ですから1800年を超える長い歴史を持つこの土地に、多くの人が参拝し、時に願い、時に本殿が焼かれそして復興するなどの歴史を学ぶことによって、私の人生を見つめ直す機会にもなりました。

 

一例ですが、吉田松蔭の遺書であり留魂録を読んだお陰で、だれの人生にも春夏秋冬があり、収穫の時期を迎え、種を残していると学びました。10歳で亡くなる命の中にも春夏秋冬あって、無駄な命は何一つない。

goodlightsato.com

このことは、今年の正月に発生した能登半島地震で亡くなった命に対して、残された私たちが災害に対する意識を高め行動することなどが、種を実らすことになるのではないか。ただかわいそうな命という見方ではなく、「あなたの命を無駄にしないよ、ありがとう」と思えるようになりました。

 

歴史を学ぶ意味はあるのか?という問いに対し、作家の司馬遼太郎さんは次のように述べました。

歴史は本来、そこから知恵と希望を導きだすべきものなのである。

美しい言葉ですよね。

学生時代にこういう意識になって、歴史を勉強していたらと、ちょっと後悔してしまいますが、今からでも遅くありません。

これからの激動の時代を私もそして若い世代も生きていきます。どんな事が起きようが、人は協力しあって生き抜いてきました。

 

太刀八幡宮に関わった先人の知恵と希望を導きだすことは可能です。

 

神はからい

 

太刀八幡宮の氏子として生まれ育った人から見れば、私はよそ者です。

 

ただ、振り返ってみれば、この町に住むようになったことから始まり、総代のお役目や犬の散歩、荷原川の改修。ホームページ作成が出来なかったことなどすべてが神はからいというか、神さまの導きと思えてきました。

まだまだ、このブログでお伝えすることはあります。

この先、どういう展開が起こるのか?

神はからいを楽しみながらブログを続けていきます。

 

今後ともお付き合いをよろしくお願いします。🙇

 

 

太刀八幡宮の宮司 内藤尚武さん

令和6年10月 内藤尚武さんが宮司に就任しました。

先日、色々お話しを伺いましたので、紹介します。

 

プロフィール

 

内藤 尚武(なおたけ)

 

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令和6年11月16日 美奈宜神社で撮影

 

昭和54年5月5日 生まれ(45歳)

ご家族 妻、長男(小3)、長女(年長)

奥様は、伏見稲荷神社の巫女さんをされていました。

 

朝倉高校卒業

国学院大学 文学部神道学科卒業(平成14年(2002年))

 

伏見稲荷神社 奉職 (平成14年(2002)4月~平成21年(2009)5月) 7年在籍

福岡県護国神社 奉職 (平成21年(2009)7月~令和4年(2022)3月)13年在籍

美奈宜神社 祢宜 (令和4年(2022)4月~令和6年(2024)9月)   2年在籍

美奈宜神社 宮司 令和6年(2024年10月~)

 

趣味 合気道 2段

 

美奈宜神社 第26代宮司

 

内藤宮司本務社(常駐している神社)は、美奈宜神社(林田)です。

西暦202年創建され、1800年の歴史を持つ神社です。

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故内藤主税宮司の長男として生を受けます。

兄弟は、弟さんと二人の妹さんがいます。

 

美奈宜神社ホームページより転載

 

由緒ある家柄に生まれ、神職の道を一直線に歩み、国学院大学卒業後、神職として今年で23年目になります。

 

兼務社

 

兼務社とは太刀八幡宮のように専属の神職がおらず、別に本務社を持った神職が社務を兼任している神社をいいます。

内藤宮司さんが管轄している神社が次表です。

表は令和3年のものですが、現在も内容は変わっていませんので、本務社の他に37社兼務社を担当していることになります。

さらに、法人登録していない神社関連があるとのことです。

ただ、この37社の兼務社すべてが、太刀八幡宮のように例大祭を年に5回行っているわけではないとのことです。(年に1回のところもあるようです。)

 

現在の心境 

 

雑談の中での内容をまとめてみました。

 

故内藤主税宮司と二人体制で、2年3か月業務を行ってきましたが、突然すべてを一人で行うことになりました。

まずは、本務社である美奈宜神社の「林田くんち」を無事終えることが出来て、一安心というか一息ついたというところです。

すべての社務を経験しているわけではないので、少しずつ関係神社の方々と打ち合わせをしながら、取り組んでいるところです。

 

九州の外に出て感じたことは、九州は1800年といった歴史ある神社が多い。奈良や他の地域にはありません。

 

美奈宜神社の参拝者は、年々増えて来ている。ときには太刀八幡宮御朱印が欲しいと美奈宜神社にお見えになる方が月に一人ぐらいいます。

 

今年の12月は、神事が立て込みとても忙しく、1人では対応出来ないため、東京に住む弟さんが応援に来てくれるとの事です。弟さんも国学院大学を卒業して神職の資格を持っています。

 

美奈宜神社のホームページは、尚武宮司が作成したもので、自分が作成管理すれば、費用はそんなにかからない。

 

お酒🍶は、大好きです。

 

取材を通して

 

すでに神職として経験豊かな内藤尚武宮司は、当面は今までの社務を踏襲することに専念されますが、いずれはご自身の気づきに従い、尚武色といったものを表に出して行かれるように感じました。

それには、巫女さんであった奥様の内助の功がこれから重要な役割を果たしてくれるようにも感じました。(奥様とはお会いしていませんが。)

 

太刀八幡宮兼務社の中では、大きな神社の一つでもあるので、色々お心配りをして頂けそうです。

そのためにも、私たち氏子が内藤尚武宮司を盛り上げ、一体となって太刀八幡宮を守り育てていけたらと思います。

 

内藤尚武 宮司さん

これからもよろしくお願いします。🙇

令和6年 太刀八幡宮 秋の例大祭

令和6年10月25日

 

穏やかな秋晴れに恵まれて、秋の例大祭が開催されました。

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境内は落下の危険のあった枯れ枝が剪定され、何かすっきりした感じがします。

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以前のブログで紹介しましたが、枯れ枝の落下による事故が一番懸念されていたことでしたが、剪定作業が終わって一安心です。

goodlightsato.com

 

秋の例大祭

 

おくんち」ともいわれ、五穀豊穣・秋の恵みに感謝するお祭りです。

10月1日をもって正式に宮司に就任された内藤尚武さんが、故内藤主税宮司の後を継いで神事を執り行いました。

どうぞ御一緒に参拝して、太刀八幡宮の神々の御神威をお受け下さい。


www.youtube.com

 

内藤尚武宮司さんにお話しを伺うと、本務社である美奈宜神社の秋の大祭「林田くんちが」先日21日に無事に終わり、ホットしているとのことです。

美奈宜神社のホームページをみると、一生懸命大役をこなしている姿を感じることが出来ます。

そのホームページには、昨年の林田くんちが「里を編む獅子の舞」と題してドキュメント映画として制作され、その内容を見ることが出来ます。

素晴らしい内容となっていますので、ご覧になることをお勧めします。

故内藤主税宮司の姿も生き生きと撮影されています。

 

minagijinjya.com


www.youtube.com

 

来月(11月23日)には太刀八幡宮新嘗祭が予定されています。

よろしければご一緒に参拝してみませんか?

🙏

 

太刀八幡宮の祖宮 宇佐神宮

太刀八幡宮の案内看板には、次のように由緒が書かれています。

 

弘仁14年(823)、豊前国宇佐八幡宮の霊を移し、社殿を建て「太刀八幡宮」とした。

 

その大分県宇佐市に鎮座する宇佐八幡宮(以下宇佐神宮)を参拝して来ましたので、紹介させて頂きます。

www.usajinguu.com

 

全国に4万社あまりある八幡社の総本宮にふさわしい、とても広い敷地に、美しい木々、参道、社殿に圧倒されます。

うっそうと繁るイチイガシの杜は、国の史跡に指定されています。

 

大鳥居の美しさ

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由緒が簡潔に書かれています。
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一部引用します。

神代に比売大神(ひめおおかみ)が馬城の峰(大元山)に御降臨になった宇佐の地に、欽明天皇32年(571)に応神天皇の御神霊が初めて八幡大神としてあらわれ、宇佐の各地を御巡幸ののち、神亀2年(725)に亀山の一之御殿に御鎮座になりました。

また、天平5年(733)比売大神を二之御殿にお迎えし、のち弘仁14年(823)神託により神功皇后が三之御殿に御鎮祭されました。

 

太刀八幡宮の社殿が建てられたのも、弘仁14年です。

(昨年2023年、太刀八幡宮は1200年祭を執り行いました。)

 

上宮への参道です。
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特別参拝参入口

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左端の看板には、次のように書かれています。

「令和6年3月18日 例祭

天皇陛下

幣帛料 饌料 御下賜」

 

天皇家との繋がりを表しています。

 

拝殿全景です。

一之御殿は改修中
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一之御殿 拝殿  (応神天皇

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二之御殿 拝殿 (比売大神)
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三之御殿 拝殿 (神功皇后f:id:goodlightsato:20241002152622j:image

 

奥宮の遥拝所です。

奥に薄く見える山に大元神社があります。
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由緒に書かれていた、「神代に比売大神が御降臨」になった大元山です。

宇佐市のホームページには、大元神社の事が詳しく紹介されています。

www.city.usa.oita.jp

一部引用します。

御祭神は宇佐神宮の二之御殿に祀られる比売大神(三女神)。社殿は拝殿のみで、山自体が本殿となっており、三体の巨石が御神体として祀られる神霊が宿る山である。拝殿の前には鳥居があり、そこから先は禁足地で宇佐神宮「奥宮」としての霊地である。

いつか訪れみたいところです。

 

外宮の拝殿
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八坂神社
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案内看板を一部引用します。

明治維新までこの場所には弥勒寺という神宮寺が存在していました。弥勒寺金堂の御本尊は、延命長寿・病気平癒をもたらす薬師如来で、この八坂神社は弥勒寺の守護神として、寺院の脇にお祀りされました。

 

宇佐神宮ホームページより転載

宇佐神宮は「神仏習合」発祥の地とされており、日本で初めて仏様と神様が出会った場所と境内に案内看板がありました。

この八坂神社では、毎年2月鎮疫祭(ちんえきさい)という祭りがおこなわれていて、神職と僧侶が一緒になって祭りを執り行っています。

宇佐市のホームページに写真や動画もありますので、とても参考になります。

www.city.usa.oita.jp

 

絵馬殿に入ってみました。
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多少風雨にさらされて風化している感じがします。

 

祈願祭を申し込みました。

返礼品です。

お箸は、イチイガシかな?

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神恩感謝

朝倉から宇佐神宮に向かう途中、運転歴47年で初めての走行中のパンクを経験しました。

急にガタガタし始めたので、道路が悪いのかと思いましたが、車を止めて確認すると、後ろの左のタイヤ🛞がパンクしていました。後で聞いたのですが、後ろのタイヤだったからハンドルを取られることも無かったということです。

JAFに連絡してロードサービスが到着すると、タイヤが裂けているから、パンク修理は出来ないので、タイヤ交換が必要とのこと。

平行して、JAF経由でディーラーのロードサービスさんから電話があり、色々対策を検討していただきました。

その結果、車はJAFさんが朝倉市のディーラーまで運んでくれる事になったのですが、あいにく当日はディーラーが休みなので、翌日運搬してくれることになりました。

旅行を続けるために、レンタカーを探してくれたのですが、提携しているレンタカー会社は空きの車が無いとのこと。

そうすると、JAFの運転手さんが宇佐が地元だからといって宇佐市のレンタカー屋さんを教えてくれたおかげで、レンタカーを借りる事が出来ました。そしてなんとレンタカー屋さんまで送ってくれました。私とカミさんは助手席に、パンクした車は荷台に乗って宇佐までのドライブです。道中も運転手さんと私が同学年であることや、子供も同じ年で色々楽しく子育ての話が出来、とても楽しい時間を過ごすことが出来ました。

そして、無事にずいぶん遅くなりましたが宇佐神宮を参拝することが出来、翌日は予定通りの旅行を楽しむことが出来ました。

 

今回思わぬアクシデントに会いましたが、JAFの方やディーラーのロードサービスの方にとても親切に対応していただき、本当に感謝🙏しました。

 

会員になっていたおかげで、ほとんどお金を手出しすることもありませんでした。

 

私も何か困っている人に出会った時は、自分に出来る限りのことはさせて頂き、助けあっていきたいと思います。

 

今回の出来事も、神様のお助けがあったからだと感じています。

パンクというアクシデントに対して、「何でこんなことが起こるんだ。」とマイナスの感情を持つことより、起こった対して、自分ができることを行い、出会った人の親切を素直に受けて感謝をすることの大切さを感じました。

 

これからも自然災害など防ぎようの無い出来事も起こるでしょうが、そういう時も助け合い支え合って生きていきたいと感じました。

 

大難を小難に

互いに助け合うこと

 

を神様から学んだ旅行となりました。

 

太刀八幡宮総代会の参拝

私が総代をしていた時は、コロナ禍ということもあり、3年に一度の総代会としての宇佐神宮参拝は、希望者だけとなり、結果的には内藤宮司さんと総代会長はじめ役員のみの参拝となりました。

次回は令和7年3月が参拝予定だと思いますが、このブログを読まれた総代さんには、是非参加されることをお勧めします。

聞いた話ですが、神様からの特別なプレセント🧧があると思います。

 

 

 

太刀八幡宮 鎮守の森の健康診断

 

8月30日 台風10号🌀は、朝倉市には特に大きな被害をもたらすことなく、通り過ぎました。お隣の大分県は、水害で大きな被害が出ています。

 

9月1日の朝、参拝に訪れると、参道には落ち葉が有りましたので、竹ぼうきでお掃除させて頂きました。

 

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お掃除後です。
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境内を見ると、枝が少し折れている程度でした。
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この木(けやき)は、小さな枝がたくさん落ちています。

 

樹木医さん👨‍⚕️との出会い

 

鎮守の森の考察として、とにかく倒木の危険があるなど緊急に対処の必要な事と、時間をかけて検討することを分けて考える必要があると思い、健康診断をして頂く人を探すことにしました。

 

そして、「樹木医」さんに相談しようと思い、一般社団法人 福岡県樹木医会に電話をしました。

www.f-jumokui.com

 

事務局の方に、

「神社の鎮守の森の健康診断をお願いするにはどうしたらいいのか?」

と問い合わせをしたところ、

「費用はかかりますが、診断・治療をすることが出来ます。樹木医の方から連絡を差し上げます。」

ということでした。

 

すると、早速樹木医さんから電話連絡が来て、急遽太刀八幡宮の森を見て頂くことになりました。家が朝倉市弥永ということで、仕事帰りに寄って頂けるということです。

しかも、無料で見て頂きました。🙇

 

樹木医の方は、古賀 政範(まさのり)さんです。

うきは市吉井の(有)総合緑化コガキューにお勤めです。

樹木医に加えて、ロープ高所作業特別教育指導者など高い伐採能力をお持ちの方です。

kogakyu.com

ホームページを見て知ったのですが、樹木医関連の仕事のため日本各地に出かけているようです。

古賀さんは、素人の私にとても丁寧に教えて頂きました。

 

 

現地調査の内容を記録していきます。

 

1.線香林

 

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駐車場横、本殿の東側は細い杉が立ち並んでいます。

いわゆる線香林状態です。

杉の木を大きくするのであれば、間伐が必要です。

 

2.駐車場から参道入って右にある楠


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枝が枯れているのは、楠が日の当たらない場所の枝を、不必要と判断して自ら枯らしているとのこと。

この楠は、頂上部の葉っぱも綺麗で、元気だということです。

楠のみならず、基本的に樹木は光が当たらなくなった枝を自ら枯らすことで、樹勢を保とうとしているようです。

 

ただし、この枯れ枝が落ちて人に当たると、非常に危険です。

20センチ程度の枝でも真っ直ぐに落ちてくると、ヘルメットを割るほどの衝撃があります。

特に雨が降っている時は,枯れ枝も重たくなっているので要注意です。

 

3.手水舎横のケヤキ


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最初に台風の後小枝が多く落ちていたと紹介したケヤキですが、木としては頂上部の緑も状態が良く、正常とのこと。

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このケヤキも、楠同様に不必要と判断した枝は締め付けるようにして枯らしています。
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木の根元に集めた落ち葉のことを聞いてみました。

というのは、ホームページで落ち葉を木の根元に集めないでという内容を見つけたからです。

 

千葉市緑化推進協議会ホームページより転載

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一部引用します。

落ち葉を1カ所に堆積させることで、深植え状態になり根が呼吸できず地表からの水も吸収し難くなります。徐々に木は元気を無くして弱り最悪の場合、枯れてしまいます。(写真の桜は枯れてしまいました。)

また、本来は冬の低温で死滅する害虫を越冬させ、木々に悪い影響を与える事も考えられます。

 

古賀さんから教えて頂いたのは、根張りが隠れていなければ大丈夫とのことです。

根張りとは、土の上に出ている根ですね。肩のような部分です。

次の写真の楠も随分落ち葉がありますが、根張りの部分が現れており、葉も健康で問題ないとのことです。
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古賀さんの話を聞いて、「ほっ」と安心しましたが、掃除の都度落ち葉を樹木の根元に集めることは、見直す必要があるかもしれません。

以前、根元に堆積した落ち葉を、軽トラに乗せて南側の斜面(トイレの横付近)に移動していた地域がありましたが、色々検討が必要です。

 

4.御神木(楠)
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参道脇のしめ縄の張られた御神木の楠です。

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良く見ると、上部に枯れ枝が見えます。(赤ペンで囲ったところ)

少し弱っているとのことです。

その対策はどうするのかお伺いすると、根が伸びている個所の土壌改良を行うとのことです。
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楠の根は、地上部の枝の真下あたりまでは伸びているので、上の写真では電柱付近までは伸びていることになります。


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そして、楠の根の上にある狛犬や灯籠そして参道などの構造物が、根に負担をかけているようです。この付近の参道もひび割れしていますので、いつか補修をする時がくるとは思いますが、その際は御神木の根を傷めない工夫が必要でしょう。

 

5.本殿裏の杉

この杉をみても、本殿側の枝は太陽を求めて緑の葉が生い茂っていますが、反対側は枝がありません。

枯れた細い杉が一本あります。

 

6、西の参道横にある大楠

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ひときわ大きくそびえたつ楠の大木。

古賀さんも感動していました。上部まで真っ直ぐ伸びた美しい楠です。

第二の御神木として、しめ縄を張りたくなります。

 

7.西の参道横の枯れた杉 2本


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見るからに完全に枯れています。

倒木すれば電線に影響がでます。

 

8.西の参道入り口のムクノキの大木


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塞神社の前です。斜面のため根が傾いています。
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根元は空洞で反対側が透かして見える状態です。
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直根(真下に伸びている根)が腐っています。

その代わりに、板根(板状の根っこ)が発達して木を支えています。

この板根が傷ついて腐らないように注意が必要です。
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ムクノキの葉っぱは元気です。

中段には、枯れた太めの枝がありますので、木の下に行く場合は要注意です。

 

9.荒れた竹林
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竹の繫殖により、社務所近くまで侵入しています。

 

10.子持鳥居前の杉


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子持鳥居前の杉はとても立派です。

ところが、参道入り口のコンクリートや石を持ち上げています。

太刀八幡宮のシンボルでもある子持鳥居の景観を守るのか、それとも杉を守るのかいつか選択する時がきます。

仮に杉を伐採するとなったら、重機が入らないので高所作業で小さく杉の上部を切断しながら、倒しても問題ない高さになったら、根元から伐採するという特殊な伐採が必要となります。

 

11.道路にはみ出た桜の枝

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河川工事中、大型ダンプは反対車線を走行していました。

「桜伐る馬鹿梅伐らぬ馬鹿」といいますが、桜の木は樹勢が強く、落葉した後ならば、はみ出た枝を剪定しても、桜は枯れないとのことです。

 

 

まとめ

 

緊急に対処すること

 

1.枯れ枝の落下に対する注意喚起

神社境内で発生する事故、災害の中でも、樹木の倒木、枝折れに起因するものが34%に上るというデータもあります。

参拝者への事故を防ぐためには、参道上の枯れ枝に対する注意看板が望まれます。

また、総代さん達は、作業のため鎮守の森に入る時は、ヘルメット⛑️の着用が必須になります。

 

2.枯木の伐採

 

完全に立ち枯れしている木が10本近くあるのではないでしょうか。

参道に倒れる木から優先順位をつけて、伐採が望まれます。

ただし、総代さん達が自らチェーンソーを使って伐採するのは止めるべきです。

ボランティア保険の対象にならないようです。

(私が総代をしていた時、チェーンソーで木を伐採している方がいましたが、ちょっと危険だなと感じていました。チェーンソーによる伐採作業は、自身の防具の着用も義務付けられていますし、周囲の作業の方の安全確保も必要なので素人がする作業ではありません。)

費用は掛かりますが、業者さんなどプロお任せするのが一番良いと思われます。

 

時間をかけての検討事項

 

1.樹木の経過観察

 

御神木の楠が少し弱っているということなので、定期的な経過観察が必要です。

また、西の参道入り口のムクノキの大木も同様に、特に根の部分の経過観察が必要です。

 

2.木の根元に落ち葉

 

毎月の境内清掃の方法になりますが、落ち葉の扱いを検討する必要があります。

落ち葉置き場を別に確保するあるいは、燃やすなどでしょうか。

 

3.竹林の整備

 

晦日の深夜、竹灯篭が参道に置かれ参拝者を出迎えます。

そのための竹は必要ですが、枯れた竹など竹林を乱しているものは除去して、美しい竹林の整備を検討すべきでしょう。

社務所裏にまで竹が侵入しています。まさか社務所の床を突き破ることはあるのでしょうか?

 

4.道路にはみ出した桜の枝剪定

 

落葉後、実施。

 

5.鎮守の森計画の検討

 

どういう森を次世代に残すのかの検討

 

例えば線香林のエリアは、どういう森にするかのビジョンによって対策が変わります。

長老が言っていたように、どぶろくを飲んで楽しい花見をするエリアにするとなれば、公園のような整備が必要なのかもしれません。

 

あるいは、フクロウが住んでいるであろう地域は、極力人が入らない原生林のように保護するとか。

 

若い人の意見ももらって、将来の太刀八幡宮の森を検討することが必要でしょうね。

 

整備には、色々費用も掛かりますので、時間をかけて話し合うことが望まれます。

 

さいごに

 

今回古賀さんには、夕方の5時から6時半まで、現地調査をしていただきました。

そして古賀さんは、「良い木を見れて良かった。」とおっしゃって下さいました。

本来ならそれ相当のお礼がいるところだと思うのですが、お茶の一本も用意してなくて本当に申し訳ないと思いました。

家に帰って、カミさんに話をすると

「鎮守の森を手入れしていくことが、お礼になるんじゃないの。」

とのお言葉。

太刀八幡宮の神々のお言葉と思って、鎮守の森の考察を進めるとともに、私の出来ることから手入れをしていきたいと思います。

 

古賀さん、どうもありがとうございました。🙏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恵蘇八幡宮に祀られている太刀八幡 その3

この標題の第3弾です。

 

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困った時の神頼みではありませんが、以前「境内社 厳島神社の碑文解読」の際にお世話になった、朝倉市教育委員会 文化・生涯学習課  文化財係 Nさんに相談しました。

 

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すると次のようにメールが届きました。お忙しい中本当にありがたいことです。

 

お世話になります。興味深いお話、ありがとございます。
現在、まだ詳細を調べるに至っていませんが、現状でわかること、感じることをお伝えいたします。


●年代について
天文17(1548)年の紀年銘は、朝倉市内では比較的古い部類の石造物であるといえます。
朝倉市の中世段階(江戸時代以前)の石碑では、墓石や供養塔、逆修塔などがほどんどで、神名を刻んだ年号のある石碑は他に把握していません。
市内では「水神」や「猿田彦大伸」などは近世以降に多く建てられますが、1,700年代後半以降のものが殆どです。1600年代ですら数が少ない状況で、1,500年代は珍しいと思っています
ただし、自然の河原石をそのまま使った中世の石碑の例は他にない気がしますし、書き方が極めて近世的なのが気にかかります。もしかすると天文17年より後に作られた可能性もあります。その場合、もともとあった何か(祠や碑など)を継承するものとして石碑が作られたのかもしれません。

●なぜ川底から見つかったか
現段階では不明と言わざるを得ません。
・山田堰の築造に際しての祈願のためであれば1500年代に山田堰の原型があったことになります。山田堰の原型がそこまで遡るとも思えません。また築造祈願で古い石碑を使うとも思えません。
・山田堰築造に際して集められた石材の中に含まれていた可能性がありますが、堰の上流からの引き上げであり、もしかすると上流の大石堰や水刎など河川工事の際に石材として転用されたものが流されてきた可能性もあります。
・朝倉もしくはこの近辺で作成した石碑を肥後まで運搬する途中、事故等で川に沈んでしまった可能性もあります。

●石碑製造の目的
太刀八幡様の分霊を祀るものとして作られたのは間違いないかと思います。ただ、八幡様は勧請の際にそのままその地の地名を冠することが多いので、太刀八幡宮としての独自の勧請活動があったのかなと思います。

●「肥後八代城主 山本大○○」
恐らく肥後の八代城の城主という意味だと思いますが、近世の八代城ではなく、中世の古麓城(八代城)のことを指しているようです
城主に山本氏がいたのかは調査中です。

何も答えになっておらず誠に恐縮ではございますが、取り急ぎ現状報告とさせていただきます。
よろしくお願いいたします。

 

とても丁寧に調査をして、頂きありがとうございます。

また、この碑石を見る視点が、碑文の解析のみならず、碑石としての文化財的な価値があるのかどうかなど、さすがプロの視点という印象です。

 

まだ謎解きは続きます。

 

今後の展開が楽しみです。

 

 

 

 

 

太刀八幡宮の台風被害(平成3年)

 

平成3年(1991年)9月、台風19号は日本列島に甚大な被害をおよぼしました。

今から33年前のことです。

ja.wikipedia.org

 

風倒木という言葉が広く知られるようになったのは、この台風の頃からではないでしょうか。

特に日田杉の風倒木被害は、有名でした。

 

朝倉市大庭でも、瓦屋根やトタン屋根が飛んだりしたことを、近所の方にお聞きしたことがあります。

 

前回のブログ「太刀八幡宮の石灯籠」の中でも、第3の灯籠が台風19号に被害により倒壊した写真を紹介しました。

 

今回は、当時の社殿などの被害の状況を紹介します。

 

被害状況

①拝殿に倒れ掛かった杉


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②拝殿正面写真
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③上の写真の根本付近

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④本殿に迫った杉の倒木
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⑤上の写真の根本付近

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⑥土台が壊れた境内社
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⑦北の鳥居に倒れ掛かった杉
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⑧第3の灯籠
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⑨子持鳥居から見た石段被害
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⑩石段被害(拡大)
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この写真から分かるように、杉(桧も含まれているかもしれません)の倒木が甚大な被害へとつながっているのがわかります。

植林した杉の木は、根が浅く倒れやすいとは聞いていましたが、この写真を見ると太く成長した杉であっても、注意が必要だということが分かります。

 

植樹

植樹とフェンス施設記念の記念碑です。

先代諸兄の数次にわたる植林により神域とみに森厳さを増す時 恰も平成三年九月中下旬と二回にわたる大暴風により古木や植林の杉桧併せて三百本余倒伏し残木僅かとなり見る影も失くす

時に平成四年五月夜須高原に於ける全国植樹祭を励して氏子篤志の人々により各種百本余の献木を見る

往時の鎮守の森に思いを至し謝してこ〃神域に植樹せり

尚六年三月町道に沿いフェンスを施設して境内の整備を図る

 

その後、さらに植林をしています。

 

植林  杉 三百十本

    楠   二本

    桜  十一本

 

 

先人達が鎮守の森を育て守って来たから、現在の太刀八幡宮の森があります。

しかし、今 健全な鎮守の森だといえるでしょうか?

 

仮に、台風が来た時に、倒木することなく、社殿を守ってくれるでしょうか?

 

もうすぐ台風シーズンです。

 

以前から気にかけている鎮守の森の考察も深めていきたいと思います。